インストール・ハニー
「あんたゲームだからね。人の気持ちなんか分かんないんだ」

 まだ熱の残る唇。右手の甲で拭う。

「青葉、違うよ」

 前髪に触られそうになったから、楓の手を払った。

「何が違うのよ!」

 階段にあたしの声が響く。いまは昼休み。ここで誰かに会ったことはないけど、来ないとも限らない。見つかるかもしれない。でも、声を抑えることが出来なかった。

「ひどいよ。バカにしないで……」

「……バカになんて、してない」

 楓の低い声が、響く。なに、そんな顔をして。

「だって、あたし」

「嫌な気持ちになったのなら、謝る。ただ、俺は君のためだけに存在してるって、分かって欲しいんだ」

 ふっと、楓の瞳に寂しさの色が落ちる。見なきゃ良かった。悔しいと思った気持ちが、萎んでいってしまったから。

「俺を……嫌いにならないでくれ」

 楓は、スマホを持っている方のあたしの手を取る。そして、あたしの目を見つめる楓。じっと見つめられると、動けなくなる。どうやら、そういう技を楓は使うようだ。ゲームだから? 違うか。

「べ、別に嫌いとか……」

「じゃあ、好きなのか?」

 ぱあっと表情が明るくなった。おいおい。あたしは悔しい思いをしてるんだけど。

「ちょっとお前、なに言ってるか分かりません」

「なんだよ、お前って言うなよ」

「だって、おかしいでしょ。あたしの為でって、こういうことして欲しいわけじゃ……」

 楓が握っているあたしの手。スマホが握られているけど、画面を操作できない。戻してやるって思っていたのに。手の温かさと、さっきの唇の温かさは、現実のものであって。

「好きなのか?」

「それも違う。好きとかって、簡単になるもんじゃないでしょ?」

「でも、好きになるのに理由はないだろう」

 まぁ、そうだけど。かみ合ってるような、かみ合ってないような2人の会話。あたしは唇を尖らせる。なんだか口では敵わないというか。けっこうアレだね……強引なのね……。

「俺は青葉のこと、可愛いと思ってるよ」

 ……は?
 
「嫌いだったら、キスしない」

「なに、そんな、突然」

 あたしはかなり動揺をしていたけれど、気付かれまいと必死に取り繕った。
 可愛いと思ってる。かわいいとおもってる。カワイイトオモッテル。脳内連呼すんなー!


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