インストール・ハニー
「イトコじゃないんでしょ? 急に彼氏が出来ることもあるよ」
「……うーんと……でも彼氏じゃないんだ」
困ったなぁ。一海はカンが良い。あたしが嘘を言っているって気づいていた。
「イトコっていうか、遠い親戚みたいな。知り合ったばかりで、遠くから出てきて。親戚というか血は繋がってないし、男だし苗字も無いし」
「は? 苗字無いの?」
あたし、なにを言っているのだろう。支離滅裂だし、余計なことを口走りそう。
「あーごめん、なんでもない。いま、うちに居るんだ」
「一緒に暮らしてるの?」
「うん、そう……今度ちゃんと話すよ」
……どこまで話して良いのか。楓に聞かなくちゃ。一海は一番の友達だし。
「へぇ。なんか大変そうねぇ。青葉んち」
あんまり深く聞かないでください。なんて説明したら良いか分からない。
ふーん、と変顔をしている一海は、教室へ戻ろうとしている。教室の入口から顔を半分出して、あたしを見てる。なにそれ怖いから。
「じゃあ、帰るわ」
「うん、じゃあね」
手を振って、あたしは廊下を進もうとした。
「山都」
ビクっとした。聞き覚え、というよりも聞きたくて毎日、恋焦がれていた声だ。ついこの間までは。その声があたしを呼んだ。
「み……宮田くん」
その場で足踏みしてしまった。だって、急いでるの。
「ずいぶん急いでんね、帰り? 朝のカレと帰るとか?」
「え?」
親指でこう、あっちを指してる。男って意味なのか、外って意味なのか。
「朝のって……」
「山都、すげぇ噂になってるよ。イケメン彼氏がいるって」
噂って怖い。事実はねじ曲がって伝わるものなのか。
あたしを呼び止めるなんて、少し前だったら有頂天になってた。いまは、もうこの場から消え去ってしまいたい。なんで呼び止めたりすんのよ。宮田くんを見られないよ。
「あー……違うの。遠い親戚。別に彼氏とかじゃなくて」
「そうなんだ。でも、山都モテるだろ」
へ? 口は半開き、たぶん瞳孔も開いていたんじゃないか、あたし。
「けっこう、男子で良いって言ってるヤツ、多いよ」
「は、初耳……モテないし」
声が、裏返った。
「近付きがたい空気なんだもん、山都。話せば話しやすいんだけどな、俺はそう思ってた」
急いでるとこ引き止めてごめんな。そう言って、宮田くんは教室に戻って行った。
後ろ姿を見送ること無く、あたしは踵を返して廊下を走った。
あと30秒、鞄を早く取ればよかった。あと1分、教室を早く出ればよかった。そうすれば、いま、宮田くんに呼び止められることは無かった。
あたしは、よたよたと廊下を進む。
「話しやすいんだけどな、俺はそう思ってた」
あんまり話したこと無いけど。でも宮田くんは、あたしのことをそう思ってくれていたんだ。
でもさ。他の男子が良いって言ってたって、ダメなんだって。意味無いんだって。あたしが好きだったのは、宮田くんなんだってば。2年の今まで、誰かに告白されたとか無いし。お世辞でしょ。
どんなに美人だって、可愛くたって、好きな人が振り向いてくれないなら、意味なんかない。そして、宮田くんには彼女が居る。それはあたしじゃない。