インストール・ハニー
気付いたことがある。いま思えば、現れたばかりの楓は、なんとなく話し方がぎこちなかった。棒読みというか……本当に少し、なんとなくだけだけど。でも昨日より、今日は違ってる。なんだろう。こういうのに気付くのが、近くに居るっていうことなのかな。
タロウの体温が、床に逃げる。トスンという音と共に、あたしの膝から降りた。もう抱っこはいらんよ、そんな感じ。
「そういえば、あたしちゃんと言ってなかった」
知らない人が部屋にいるので、タロウは警戒しつつ、でも大人しく楓をじっと見ている。青葉、こいつ誰? そんな感じ。いつもこんなに静かじゃないのになぁ。遊べ遊べってうるさい。いま、借りてきた猫みたいになっている。あ、犬だけど。
「失恋したんだよねー、あたし」
言ったからって、どうなるものでもない。楓に聞いて欲しいだけなのかもしれない。
「悲しかった?」
「当たり前でしょ」
「それで、俺が呼ばれたんだな」
変な会話。あたしは呼んでないんだけどね……。それに、失恋して「悲しかった?」っていうのも。
「悲しくて、寂しいって強く思ったことで、俺が呼ばれたんだよ。そういうこと」
そう、なのかな……。それでこんなことになってるんだ。
「人の思いって強いよ」
静かにそして強く、楓は言った。
あたしの思いに呼ばれて出現した楓にとって、どれだけ強く引っ張られたか実感があるんだろうな。
「楓は、失恋したこと無いの?」
「たぶん無い」
「たぶんってなに」
さぁ、と、どうでも良いような返事をされたので、話を戻す。聞かれたくないのかもしれないし。
「あたしはさ、好きだったんだけどさ。気持ち言えないで、終わり」
「終わり? どうしたんだ」
「相手に……彼女、できちゃった」
不思議。
こうして失恋の話をしてて、まだちょっと胸が痛いけど、涙は出ない。いまは出ない。これが、時間が解決してくれるってやつかな。
伏せをしているタロウの息遣い。それだけが部屋に聞こえる。会話が止まってしまった、というよりも、静けささえもあたし達の一部のような。