インストール・ハニー
体を離し、楓は笑った。想像すると面白い。店先に駄菓子屋のおばあさんと楓が居て、お喋りしてるなんて。あそこ、店の外にベンチがあるんだ。ていうか、なにやってんの……。
「好きな女の子に優しくばっかりしてちゃ嫌われちゃうよって言われたよ。長生きしてると言うことが違うな」
そんなことを言われる楓も面白い。
「すごいこと言うね、おばあさん」
コロンとした感じの小太りのおばあさんだ。あそこの駄菓子屋には行ったことがある。
「青葉に嫌われないようにしなくちゃなー」
「またそういうこと言って。あたしは失恋したばっかりだっつーの」
「だから俺が慰めてあげるってば」
そこで頭を撫でられる。その手は頬に移動して、楓の顔が近付いてくる。
「青葉ー! 帰ってるのー?」
「……!」
あたしは楓をガバッと剥がし、立ち上がった。
「あ、おお、おかえりー」
お母さんだ。帰ってきたんだ。心臓が口から飛び出るかと思ったわ。楓は油断ならない。
「ちょ、ちょっと待ってて。何か飲み物持ってくる」
落ち着け、落ち着け。
失恋した人を慰めるのが役目。だからってすぐ抱きしめたりキスしたり。そんなことばかりされていたら、あたしの体がもたない。
楓の体温が、まだあちこちに残っている。声も耳に余韻を残す。心臓の辺りが熱い。
ちょっと待って、落ち着いて。あたしおかしい。顔面から火が出そう。何を考えてた? さっき。このまま、このままで居たいだなんて思った。
「青葉」
そう呼んだ楓に、人差し指を立ててシーッとやった。静かに部屋を出る。階段を下りて、トイレに入った。お母さんはあたしを呼んだあと、すぐにキッチンへ行ったらしい。
便座に座って、深呼吸をした。トイレは深呼吸する場所じゃない。
「青葉? どうしたの、具合でも悪い?」
コンコン、とお母さんがトイレのドアをノックして来て、またびっくりする。もうマジでやめてください。心臓止まるわ。
「うん、平気。ちょっと漏れそうだったからさー」
「漏らしちゃダメよ~」
深呼吸、深呼吸。落ち着け。いま、お母さんが部屋に行ったら大変なことになる。