インストール・ハニー
「バイト欲しいって言ってるわりには、張り紙出したりしてないみたいだから、あたしの友達をアテにしてるんだよ。いま電話するね」

 一海はスマホを取り出す。心臓がぎゅっと音を立てた。一海は電話をかけ始める。

「こんな簡単に決まると思ってなかった。良かったね、楓」

「そうだな。でも楽しみだ」

 楓はグラスに残っていた麦茶を飲み干す。「おかわり持ってくるね」と言うと「紅茶がいい」と言った。はいはい王子様。

 もう王子様じゃないじゃん。普通のお兄ちゃんじゃん。なんだよ王子って。
 普通に、このままここに居られないのかな……スマホから出したまま、ずっとこうやって……。

「バイトOKだって。はい決まりねー。明日おいでって」

 一海の言葉にハッとした。

 明日の時間やら持ち物やらを説明され、それに頷く楓。あたしはなんだか胸が痛くなってきてしまった。黙ってグラスを2個持ち、麦茶のおかわりを入れにキッチンへ行った。

 明日から夏休みで、楓と一緒にバイトをして……夏休みが終わったら? バイトも終わりで、そして……? 楓は。

 グラスに注いだ麦茶がこぼれてしまって、布巾で拭く。楓を受け入れたこの心は、いったいどこへ行くの?

 あたしは布巾を掴みながら、なんだか泣きたい気持ちになってしまった。

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