君しかいらない~クールな上司の独占欲(下)
フォーラムが開催されているホールを抜け出して、控え室に向かう。
ガラス張りの廊下の外は、冷たい冬の雨が降っていた。
このコンベンションセンターは、どこへ行くにも屋内と屋外を交互に通過するような複雑な作りになっている。
館内案内図をいちいちチェックしては、ヒールの沈むカーペット張りの床を進んだ。
「大塚」
予想もしなかった声に呼びとめられて、思わず周囲を見回す。
声の主は、右手に伸びる中2階へと上がる階段の途中から、私を見下ろしていた。
「新庄さん!」
少しゆがんだ金属の灰皿が、灰を落とすたびにコトコトと音を立てる。
「いいんですか、煙草吸って」
「今日は、裏方だからな」
私は控え室内の給茶機からお茶をふたつ取ると、テーブルに置いた。
サンキュ、と言って、新庄さんがひとつを取り、口元に持っていって吹く。
彼が意外と猫舌なのを、私は知っている。
「このフォーラム、新庄さんの部署が担当だったんですね」
「隣のチームだけどな。俺たちはただの手伝い」
前年の消費者動向の調査結果を発表するセミナーが、2日間の日程で行われている。
私の会社が主催するそれに、クライアントの宣伝マンが参加しているので、一言挨拶しようと覗きに来たのだった。