人喰いについて
『……が、な…』
「っ、う、」
(…………なに?)
うめき声に再び視線を下げると、道路に仰向けに倒れこむ女性が、手を伸ばしていた。
一瞬助けを求められているのだと思ってドキっとした。
だけど、違う。
あの手の行き先は、男、だ。
雨の中。
女の顔をぐちゃぐちゃにして、ぼやけさせる無数の滴。
息絶えようとした彼女は必死に男に向かって手を伸ばしている。
見るにも耐えない現実と、今自分が目にしている、目を疑う光景も。
全てがわからない。
「ねえ、なにをしているの?」
馬鹿みたいに弱弱しく、声が漏れた。
(あれは、なんなの)
………男は女が動かなくなってからずっとその場を離れなかった。
それどころか、食べていた手で今度は女性の手を握り占めている。
まるで、許してくれと、せがむ様に。
「なんで?食べたんでしょ?
あの男………、どうして「泣いているのかって?」っ!」
紺の手の平が、やさしく頭に落ちた。
彼を見つめるとなぜかさっきよりもずっと、ずっと優しく微笑んでいた。
「―――――――――彼はきっと、悲しいんだよ」
おかしいでしょう。
喰った男も、喰われた女も。
(そこに哀しみが存在していることことすらも)