メモリ・ウェブスター
「ぎこちないね、夢風君」
 雀に言われなくてもそれはわかっている。顔が引きつっていたのがよくわかる。
 その時だった。異音が背後から聞こえてきた。不快な音だ。耳をつんざくような音。私としたことが愚かだった。背後に振り向くのが二秒遅れた。音が近づく。私は背後を振り返った。左斜めに雀がいる。
 音の正体はオートバイだった。人相はわからない。フルフェイスのヘルメットを被っているからだ。もの凄いスピードで近づいて来る。なんらかの悪意めいた意志を持っているのではないか、と思うほどに私達二人にオートバイが向かってくる。排気ガスが鼻孔を掠める。
「え、これってマズくない」
 雀は立ち尽くしている。
「危ない、こっちに来るんだ」
 私は冷静に叫んだ。
「こういうときに冷静パスタみたいに不釣り合いな声音ってどうかと思う」
「冗談を言ってる場合ではない。あのオートバイは私達を狙っている」
「なんで?」
 雀は制服のスカートをパンパンと叩いた。その際にスカートがひらりと揺れた。
 オートバイと私達の距離が五メートルほどになったところで、私と雀は走った。逃げた。貪欲に角という角を曲がった。
 だが、オートバイに乗った人物は執念深い。エンジン音が静止することなく私の耳に、届き、鳴り響く。
「てか、狙われてる?」
 雀は息を切らせながら、私を見つめた。動揺、恐怖、困惑。純粋無垢な十七歳の少女の瞳からは、それらあらゆる感情が読み取れた。
「それはわからない。狙われてるかもしれないし、狙われてないかもしれない。二人同時か、どちから一人か」
「もっとシンプルに言ってくれない」と雀が怒気を強めた。「まあ、でもいいや。だいぶ気分が落ち着いたから」
「とりあえず君の家まで行くことにしよう。話はそれからだ」
「うちに来て、襲わないでよ」
 雀は髪を搔き上げ、制服のブレザーのポケットから水色のヘアゴムを取り出し、髪の毛を一本に結った。水色が似合う子だ。もう少し髪の毛もカットすればいいのでは、といういらぬ事を、私は思った。
「変態!」と雀。
「似合ってると思っただけだ」と私。
「じゃあ、わたしを見た後にすぐ言ってくれないかな。変態ってずっと見つめてるんだよね。見つめるだけで声掛けてこないやつって本当に度胸ないんだから。オートバイに乗ってフルフェイスで顔隠すなら、顔ぐらい晒せって。本当に度胸ないんだから」
 雀は苛立ちを如実に表した。疲労は人を苛立たせる。
 それにしても入り組んだ路地で助かった。オートバイは手首のスナップをきかせながらハンドルを切っているだろうが、狭い道ほど、手首に負担がかかり、いずれは全身にまで疲労が蓄積される。そして雀同様に、苛立ちを募らせる。そして、冷静さを失い、焦り出す。
 バダーン。
 ほら、何かが起こる。
「えっ、何の音?」
 雀の瞳が左右に蠢く。
「俺の野菜をどうしてくれるんだ」
 そんな叫びとも嘆きとも取れる声が響いた。
「野菜?」
 私は思わず首を傾げた。
「もしかして」
 どこか合点がいったかのように雀は走り出す。
 待て、と私は手を出したが高速な雀は颯爽と路地を曲がった。仕方なく私も走った。
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