メモリ・ウェブスター
「やっぱりお父さんだ」
 道には多数の野菜が転がっていた。トマト、ニンジン、キャベツ、キュウリ、と。
「お父さん?」
 私も野菜拾いを手伝う。一つひとつ丁寧に拾い、この行為が終われば何か夢が一つ叶うのであろうか。
「ご挨拶が遅れました。雀の父親であり脳研究をしております、禿鷹と申します」
 すっと立ち上がった禿鷹が丁重な挨拶をした。夢風です、と父親と握手をする。どうやら研究熱心らしいことは握った手の感触でわかった。強固で堅牢で猛進する意志が一つの手に込められていた。
「もしかして、夢風大臣の?」
 眼鏡を人差し指で巧みに操りながらずり上げた。
「孫です」
 私は即答した。
「似てないですね」
「似ていても困ります」
「それもそうだ」
 禿鷹は細い唇を閉じたまま、くいっと口角を上げた。インテリチックにありがちな笑み。
「何があったんですか?」
 私は訊いた。
「簡単なことです」と人に不快を与えるような物言いから禿鷹は言い始め、掛けていた眼鏡を再度ずり上げた。「オートバイと接触して、趣味で栽培していた野菜を積んだカートが跳ねられた」
「お父さん、野菜好きだもんね」
 雀の愛想豊かな声に全く禿鷹は反応を示せない。この家族は冷めきっているのではないか。そんなことを私は思う。研究熱心で趣味に没頭。母親は不在というか死亡。娘は愛に飢えている。私の脳内情報処理が、そう瞬時に判断した。
「野菜好きなんですか?」
 私は訊いた。すると禿鷹の表情が歪んだ。狡猾な歪み。その顔の歪みは背骨すらも歪んでいるようだった。だが、背筋はピンと張っている。
 禿鷹は無視の連打を決め込み、「娘は選ばれたのだろ?ならよろしく頼む」と野菜を置いて、歩き出した。背中はどこか寂しそうだった。そして、それを見つめる雀の顔も寂しそうだった。
< 13 / 21 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop