メモリ・ウェブスター
 どうやらトイレで盗撮事件があったらしい。雀は知らないらしい。学校側がふせているのかもしれない。しかし、女性徒二人の会話にもあったように、噂は尾鰭をつけて連鎖する。確実に。
 私はジジに電話した。
「おお、ヒカル!ひっさしぶりじゃの。なあ、今が時代は、久しぶり、という言葉が減ってきたと思わないか?デジタル化も考えものだのう」
「たしかに」
「相変わらず抑揚がないのお」
「しかたない」
「で、何の用じゃ?」
 電話越しだがジジの鋭い目つきが想像ついた。基本的に私から連絡することはまずない。私は受動的であり、それが暗黙のルールだからだ。私から連絡するということは、詮索、を意味する。その詮索を、ジジは嫌う。権力を持つというのは、その点に敏感だ。
「対したことではない。ジジから依頼された雀だが、なぜだか狙われている。記憶を編む過程で、彼女が通う高校で盗撮事件が発生していることがわかった」
 私は間を置いた。効果的な間だと思っている。
 が、「一気に捲し立てる方が相手を威圧させるのに効果的だ」とジジ。
「そこで浮上したのが、並木だ。彼について調べて欲しい。身なり、風貌、会話の組み立て、どれをとっても高校教師に甘んじる人間ではない。彼には問題がある」
 これでも私は捲し立てたつもりだ。
 ジジは無言だった。深い沈黙。私は何か間違ったことを言ったのだろうか。
 否。
 それはない。
「難しいのお。並木というのは並木清流のことじゃな、たぶん。それは並木我異先生の息子じゃ」
 チッチッとジジは舌を鳴らした。
「元首相の?」
 私は雀の自宅に記憶を編み終わった報告と、媒体を決めてもらおうと思い、向かっているが、歩みを止めた。
「そうじゃ。息子が盗撮、か。彼には学生時代、さらには前職である外資系でも前科がある」
「二度あることは三度ある、か。しかし揉み消された」
「そういうことか」
「今回も、そうなると?」
 私は携帯を握る手に力が込められた。
「そうじゃ」
「ジジ」と私は久しく自分の意見を彼に放ってないが、「真実に目を向けて欲しい。黙認ではなく、真実を晒して欲しい。偉くなってしまうと、人は変わる」と言った。
「いや、それは違うのお」とジジは余裕な声音を示し、「それはお前が変わってないから、そう見えるだけだ」と言った。
「見解の相違」と私。
 しかしジジは私の言葉を聞き流し、「依頼の〝記憶〟は終わってるのか?」と訊いた。
「終わってる。後は媒体を選び、ジジ経由で天に届けるだけだ」
「手筈は整えておく」とジジの沈黙。しかしすぐに、「ヒカル、何もするの」と威厳を示した。
 ジジとの通話は終わり、私は歩みを速めた。
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