メモリ・ウェブスター
動き出す真相
 午後六時。
 インターホンを鳴らす。
 すぐに、「はい」と抑揚のない声が返ってきた。
「雀さんはいるか?」と私。
「その声から察するに、夢野か」
 すでに呼び捨てされる間柄になっていたことに私は驚いた。
「で、いるのか?」
「どっちだと思う。人生は常に二択を迫られる。わたしは悪魔に魂を売った」
 インターホン越しで深い話をするのは研究者の常なのか、と私は訝る。
「意味がわからない」
「意味を求めるのも人間だからだ。それでも人は知ろうとする。なぜだかわかるか?」
 そんなのは簡単だ。「好奇心だ」
「左様。わたしが魂を売り悠々自適な生活を送っている理由がいずれ提示されるだろう」
 禿鷹は覇気のない声で言った。
 いやな予感がした。なぜだかはわからない。直感というやつだ。
「雀はいない」
 私は言った。
 答えは焦らすように沈黙が起こった。
 そして、「正解、だ」と禿鷹が言った。
 その刹那、私は雀宅の庭先に踏み入れ、玄関扉を開けた。力強く、やや荒々しく。これで鍵が掛かっていたらお笑い草だが、そんなことはなかった。
 私は、リビングに向い、禿鷹を探す。目的の男は優雅に雑誌を読みふけっていた。さきほどまでインターホン越しに話していた相手とは思えない。
「おいおい、侵入はまずいだろ。侵入は」
 禿鷹は目をパチくりさせている。
「真実は急を要する。雀がこの時簡に帰っていないのはおかしい。彼女の記憶を抽出したとき、ここ数ヶ月は規則正しい時刻に帰っていることは織り込み済みだ。ならば、答えは一つ。なんらかのトラブルに巻き込まれている可能性がある]
 私は間髪入れず、禿鷹に近づき、こめかみに触れた。彼の記憶を抽出する。依頼なきものに、メモリ・ウゥブスターを行うと、次の日は風邪をこじらせる、という副作用が待っている。しかし背に腹は変えられない。
 私の脳内に禿鷹の記憶が入り込んで来る。高速かつ迅速に。
 道路だ。誰かが倒れている。
 あれは、雀の母親である鳩実だ。車から誰かが出て来た。二重の驚きとはこのことだろう。焦った表情を晒しているのは、並木清流。
 並木が焦りの表情から無表情に戻った。
「黙認してもらいたい」
「それは無理だ。私の妻だ」
 と禿鷹。
「わからないかなあ」と禿鷹は罪の意識を感じさせず声を大にし、「俺の父は元首相なんだよね。事故を揉み消すことなんか造作もないんだ。でないとあなたに危険が及ぶよ」と脅す。
 禿鷹は黙っている。
 場面が変わる。
 元首相である並木我異と禿鷹がまさにリビングで話し合いをしている。テーブルには札束の束が積まれている。
「この金を受け取ってくれ」
「無理です」と禿鷹。
 並木我異の両隣にはスーツを着込みサングラスを掛けたSPらしき人物が陣取る。
 並木我異が、やれやれと両手を挙げた。「受け取らないと君の大事なものをもう一つ失うよ」
「貴様、それでも人間か」
 禿鷹は、怒気を飛ばし、身を乗り出し、並木我異に掴みかかろうとした。が、二人のSPに吹っ飛ばされた。
「禿鷹先生とは長い付き合いになりそうだ。研究費にでも使って欲しい」
 そう言って並木我異が席を立った。
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