メモリ・ウェブスター
 暗い。夜の学校ほど恐怖を感じるものはない。いや、他にも病院であったり、探せばいくらでもあるだろうが。まあ、それはいい。
 私は案内図で確認し、職員室へ向かった。
 しかしどうだろう。職員室と書かれたプレートの前にいる。それにも関わらず、電気が点いていない。私は二度ノックをした。応答すらない。
 並木がいない。
 いや、いるはずだ。さきほどの男が言っていたではないか、試験問題を作っている、と。
 私は校内を探索した。体育館を素通りし、音楽室は何が起こるかわからないので、チラ見だけでやり過ごした、尿意を催し、トイレがあったが、早足で駆け抜け、物理質に辿り着いた。私は足を止めた。オレンジ色のほのかな明かりが灯っていたからだ。なにやら話し声が聞こえる。
 さて、どうする。
 私は物理質の扉に近づき、耳をそばだてる。
「並木先生、どうして」
 雀の声だ。少し涙声。
「ああもう、やだな。高校生って旬だからさ。マネーになるんだよ」
 並木の紳士的声音は陰を潜め、豹変的かつ精神異常的な声音に変わった。
「わたしを、よごさないで」
 雀よ、そのセリフを異常者を目の前に喋ってはいけない、と私は思った。
「そそるぞ、純血はそそるぞ。ああ、まずはピクチャーだな。そして、お、俺のルートを活用して売りさばこう。君がいなくなっても誰も心配はしない。いや、待てよ。その前に味見といこうか。純血上等!!!!だ!」
 並木清流、君は潮時だ。ああ、間違いなく。未だに親に守られ、甘えられて育ち、自分の力では何もできない。そういう人間は社会、いや生きている世界では通用しない。とくに男ならば尚更だ。そもそも私は物理質の隅で何をやっているのだろう。それも腰を屈め、耳をだんぼにしている。体勢にも疲れた。問題に巻き込まれるのも疲れた。並木の興奮が頂点に達したらしい、私は物理質に踏み込む決意を固めた。
 私は扉をスライドさせ、スキップ二回で加速をつけ、目の前にいる並木に標準を合わせた。雀が視界に入る。両手を縛られているらしい。涙で化粧は崩れている。突然入り込んで来た私に虚を突かれたのか、並木は動けないでいる。エリートというのは、ここが問題だ。臨機応変な対応に苦慮する。まさに並木の現在の状況が物語っている。
「さあ、遊びは終わりだよ」
 と私はジジ直伝のドロップキックを並木の顔面に炸裂させた。
「う、う、うそだろ」
 と並木は吹っ飛びながら、そんなことを叫んでいた。何が、嘘、なのか私にはわからない。今起こっていることは事実だ。真実は複数あるが、事実は一つしかない。ならば。目の前で並木が吹っ飛んだというのは、事実だ。ひとつしかない。
「大丈夫か?」
 私は雀の両手に縛られている縄を外した。
「ありがとう。ほんと、マジで怖かったんだから」
 と雀が抱きついてきた。この感触は悪くはない、と私は思った。癖になりそうだ。
 きつく抱きしめられ、やんわりと解き、「並木には罪をつぐなってもらわないといけない」と私はやさしく言った。
「どういうこと?」
 ああ、なるほど。雀は全く事情は知らないようだ。ならば、語ってあげなればならない。
「実は・・・・・・・」
 私は彼女に語った。真実は複数ある。少しぐらい加筆してショックを和らげてあげたい。そんな思いを込めながら。
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