メモリ・ウェブスター
記憶と共に
「記憶編むってどんな感じ?」
 雀が訊いた。
「人の人生を紡いでく感じ」
 私は言った。
「意味わからない」
「いずれわかるときがくる」
 私は異端町の駅にいた。はじまりの駅に。そして別れの場所でもある。
 あれから並木清流は逮捕された。さらには父である並木我異、も。少なからずメディア並びに各種媒体の反響は尋常ではなかった。彼ら父子の猟奇性を幾分か誇張し大々的に報道した。元首相というだけあり経済にまでダメージを与えた。私が並木の記憶や禿鷹の記憶、雀の記憶などを記録媒体に収め、報道機関に送りつけた。少しやり過ぎたかな、と私は思う。
「あなたが記録媒体をメディアに送ったんでしょ?並木先生の件」
 雀は透き通った瞳で私を見つめた。
「そんなところだ」
「お礼をいうわ。ありがとう。あと、お父さんの件も」
 あの日、雀は幾千、幾万という涙の粒を流した。禿鷹の思いを知ったからだろう。娘である雀を守るために、心を殺し、妻である鳩実への思いをも殺した。
「お母さんがね、事故にあった日って、私が、『いつも忙しそうにして、わたしのことなんか構ってくれないじゃん』って駄々こねたときなんだよね。なんで仕事なのに、化粧をびっちり決めていくのか不思議だったけど違ったんだ」
 雀は空を見上げた。
「違った?」
「うん」と雀は頷いた。「お父さんとの結婚記念日だったの」
 雀の顔が歪んだ。なにかを堪えている。だが、塞き止めているものは弱まっているらしい。今にも氾濫しそうだ。数秒後には彼女の目元から流し尽くした涙がとめどもなく溢れ出た。自然と私は彼女を抱きしめていた。
「泣きたいときはなくのがいいらしい」と私。
「らしい、じゃなくてさあ」と涙声で雀は言い、「〝泣きたいときは泣け〟って男なら言え」と鼻水を私の胸元で拭った。それだけはやめて欲しい。
 ふっと私は鼻で笑い、「泣きたいときは泣け」と言った。
「それでよし」
 雀は白い歯をこぼし、親指を突き立て、制服のポケットからケースを取り出した。
「はい、これ」
 と雀が私に手渡す。
 それは、CDだった。乱雑されたブロック岩の各所に一人ひとりが座り雨に打たれている。全部で四人。ラベルを見ると『ライズファクトリー』となっていた。どうやらバンド名とアルバム名が同一らしい。そして四人組バンド。
「これが噂のバンドか」
「暇なときにでも聴いてよ。プレゼント」
 雀はピースサインを私に返した。
 プレゼントで思い出した。私も仕事w完了させないといけない。
 私は胸元の内ポケットから、しゃぼん玉を取りだした。雀の記憶は、あの世にいる鳩実に編んだものが送られている。そのときに、記憶をしゃぼん玉にして欲しい、と雀からの要望があった。なぜ?と私が問えば、「しゃぼん玉がお母さんに届いて記憶が弾けた瞬間、わたしはようやく前に進めそうだから」ということだった。
 やはり母子だなあ、と私は思う。鳩実も同じことを言っていた、とジジが私に語った。「一瞬だけ綺麗な物を見るからいいの。いつまでも思いにひたっていてはダメ。先へ進まないと」
「君の母親からだ」
 私はしゃぼん玉が入った容器とストローを彼女に手渡した。
「本当に届くんだ」
 彼女は受け取った。
 私は見守る。遠くの方から列車が来訪を告げる音が聞こえた。雀がしゃぼん玉を吹いた。小さい球体が空高く青い空に吸い込まれていく。連打されたしゃぼん玉が割れ、弾ける。鳩実のメッセージは雀にしか聞くことしかできない。それがルールであり、掟だ。雀は目を瞑っている。どんなメッセージだろう、と私は気になった。もしかしたら目を瞑ったら、私にも聞こえるかもしれない。
 私は目を瞑った。列車の走行する音だけが耳奥で反響しているだけだった。
< 21 / 21 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

Who?
Who?
kou1Q/著

総文字数/68,085

恋愛(純愛)250ページ

表紙を見る
I.K
I.K
kou1Q/著

総文字数/4,995

恋愛(純愛)3ページ

表紙を見る
チェックメイト
kou1Q/著

総文字数/1,769

恋愛(純愛)1ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop