メモリ・ウェブスター
「目的の時間には来ない。だから掃除人の俺は適当だし、やる気もない。それがわかってるから人は駅から遠ざかる。時間にルーズなやつは信頼がないからな。人は時間に対して敏感だ。もっとこの駅長も、時間に対して責任と認識を持てば物事は円滑に回る」
下級掃除人は下級らしからぬ上級な持論を展開した。どうだ、と言わんばかりの黄ばんだ歯をのぞかせて。
「別の手段で移動した方がいい」
私の一言に、下級掃除人は錆びれた腕時計を確認した。
「ルーズな駅には、ルーズなりの法則がある。あんさんタイミングがいい。今日は特売日だからな、もう駅のシャッターはあくだろう」
私にはよくわからなかったが、荷馬車のようなものを引っ張っている老人が見えた。看板には殺風景なデザインで、『メロンパン』と印字されている。その文字を見てしまったからか知らないが、メロンパンの香ばしい匂いが私の鼻孔を空腹感と共に刺激した。
メロンパン請負人であろう老人は、口角をくいっと上げ、こちらを見ながら会釈をし、この場所に不釣り合いな程、咲き乱れる色彩豊かな花壇の前に座った。
すると、ガラガラと鈍い音を響かせながらシャッターが開いた。そこには駅員らしき人物がいた。
「駅長!」
下級掃除人が声高に叫び、姿勢を正している。彼の先ほどまでの威勢は風に飛ばされたちり紙のように消えた。
「下級君。しっかりと掃除したまえ。見てないようで見ているのが管理者の役目だよ」
駅長は最もな意見を述べた。紺のベレー帽を被り、紺の制服に身を包み、白髭を蓄えている。その白髭にはコーヒーらしき染みが付着していた。
「申し訳ないが、切符を販売して欲しい」
私は冷静に言った。駅長が私の方にぎろりと視線を向け、
「よかろう」と視線に反し実直な答えを示した。
ならば、「時間は守った方がいい」と私。
「守っている」
と駅長はメロンパンが食べたいのだろう。視線は老人に向き、荷馬車のような物に陳列されているメロンパンに意識をロックオンしている。熟練した狙撃手のように視線を外さない。
「時刻通りに来ている」
私はしつこい。尚も食い下がる。
「『時間通りに事が運ばない場合もあるがご了承願いたい』と付箋を貼ってある」
と駅のシャッタ0のポスト口を指差す。そこには細いピンクの付箋に、小さい文字で駅長の文言が書かれていた。
気づけば駅長は外に飛び出し、メロンパンの入った袋を小脇に抱え、鋭い視線を私に向けた。
「電車来るぞ」
という言葉を置き去りにし、私はようやく電車に乗る権利を得ることができた。
「あんたあれだろ」と下級掃除人が目を細めた。「記憶を届けている政府の使いのものだろ」
私はそれには何も言わずベンチから立ち上がった。「非公開になってるはずだが」
「情報っていうのは漏れるもんだ。まあ、俺には関係のないことだがな。それに、人にとって記憶は重要だ。幸せはc誰かと思い出を共有することでもあるからな」
下級掃除人の〝下級〟を剥奪することに私はした。発言などを鑑みて、普通掃除人に格上げさせていただく。
「では、行くとする」
私は改札から抜けた。ちらっと後ろを見た。普通掃除人が手を振っていた。駅長が、「仕事しろ、給料下げるぞ」と脅し文句を口にする。
それにもめげず、「あんた名前は?」と普通掃除人が訊いた。
「夢風ヒカル、だ」
「いい名前だな。おれは風間だ。漢字しりとりがあったら、あんたの次が俺だ」と意味のわからないことを普通掃除人は言った。まあ、なんとかなる。
そして電車が来た。運転手は女性だった。ぎこちないウィンクを放ち、私はきまぐれな季節風のように、それを流した。そのせいか電車の扉がなかなか開かなかった。
私は腕時計を確認した。間違いない。遅刻だ。
下級掃除人は下級らしからぬ上級な持論を展開した。どうだ、と言わんばかりの黄ばんだ歯をのぞかせて。
「別の手段で移動した方がいい」
私の一言に、下級掃除人は錆びれた腕時計を確認した。
「ルーズな駅には、ルーズなりの法則がある。あんさんタイミングがいい。今日は特売日だからな、もう駅のシャッターはあくだろう」
私にはよくわからなかったが、荷馬車のようなものを引っ張っている老人が見えた。看板には殺風景なデザインで、『メロンパン』と印字されている。その文字を見てしまったからか知らないが、メロンパンの香ばしい匂いが私の鼻孔を空腹感と共に刺激した。
メロンパン請負人であろう老人は、口角をくいっと上げ、こちらを見ながら会釈をし、この場所に不釣り合いな程、咲き乱れる色彩豊かな花壇の前に座った。
すると、ガラガラと鈍い音を響かせながらシャッターが開いた。そこには駅員らしき人物がいた。
「駅長!」
下級掃除人が声高に叫び、姿勢を正している。彼の先ほどまでの威勢は風に飛ばされたちり紙のように消えた。
「下級君。しっかりと掃除したまえ。見てないようで見ているのが管理者の役目だよ」
駅長は最もな意見を述べた。紺のベレー帽を被り、紺の制服に身を包み、白髭を蓄えている。その白髭にはコーヒーらしき染みが付着していた。
「申し訳ないが、切符を販売して欲しい」
私は冷静に言った。駅長が私の方にぎろりと視線を向け、
「よかろう」と視線に反し実直な答えを示した。
ならば、「時間は守った方がいい」と私。
「守っている」
と駅長はメロンパンが食べたいのだろう。視線は老人に向き、荷馬車のような物に陳列されているメロンパンに意識をロックオンしている。熟練した狙撃手のように視線を外さない。
「時刻通りに来ている」
私はしつこい。尚も食い下がる。
「『時間通りに事が運ばない場合もあるがご了承願いたい』と付箋を貼ってある」
と駅のシャッタ0のポスト口を指差す。そこには細いピンクの付箋に、小さい文字で駅長の文言が書かれていた。
気づけば駅長は外に飛び出し、メロンパンの入った袋を小脇に抱え、鋭い視線を私に向けた。
「電車来るぞ」
という言葉を置き去りにし、私はようやく電車に乗る権利を得ることができた。
「あんたあれだろ」と下級掃除人が目を細めた。「記憶を届けている政府の使いのものだろ」
私はそれには何も言わずベンチから立ち上がった。「非公開になってるはずだが」
「情報っていうのは漏れるもんだ。まあ、俺には関係のないことだがな。それに、人にとって記憶は重要だ。幸せはc誰かと思い出を共有することでもあるからな」
下級掃除人の〝下級〟を剥奪することに私はした。発言などを鑑みて、普通掃除人に格上げさせていただく。
「では、行くとする」
私は改札から抜けた。ちらっと後ろを見た。普通掃除人が手を振っていた。駅長が、「仕事しろ、給料下げるぞ」と脅し文句を口にする。
それにもめげず、「あんた名前は?」と普通掃除人が訊いた。
「夢風ヒカル、だ」
「いい名前だな。おれは風間だ。漢字しりとりがあったら、あんたの次が俺だ」と意味のわからないことを普通掃除人は言った。まあ、なんとかなる。
そして電車が来た。運転手は女性だった。ぎこちないウィンクを放ち、私はきまぐれな季節風のように、それを流した。そのせいか電車の扉がなかなか開かなかった。
私は腕時計を確認した。間違いない。遅刻だ。