メモリ・ウェブスター
「それは悪い」
「別にいいけど」と雀。「お母さんに届けてくれるの?死んでる人でも可能なんだよね?」
 ああ、と素っ気ない返事をし、「記憶を抽出し編み終われば、政府が届けてくれるさ」と言った。
「ねえ、政府っていつから魔術師みたいになったの?」
 私は、その手の質問には答えられない。私のジジが政府に所属している身であり、全ては預かり知らないところで事は運んでいる。全ては実験段階らしく、ジジには死人とコンタクトを取る術を持っている。むしろ、その能力だけで政界に進出したも当然だ。ジジの元には多額のお金が舞い込み、多数の人が群がった。そして、メモリーギフトなる事業が発案され試験的に行われている。その技術を扱えるものは、ジジの一族の血筋を引いていないと無理であるため、私が選ばれた。とくにやることもなかたっし、多数の人生の断片を覗けるのはある意味、勉強になる、という好奇心からだ。
 好奇心は活力の原動力よ。
 とはババの教えだ。納得である。
 ねえ、ねえ、と、ねえの連呼で私の思考はクリアになり、目の前の雀に視線を向ける。
「ということだ」
 私の一言に雀は仰け反り、「どういうことよ」と苦笑した。
「政府も大変なんだ。彼らは常にあらゆる手段を考え国を保持していかなければならない。でないと他国から罵詈雑言の嵐だ」
 私はモスバーガーを全て平らげた。包み紙を眺め、自然と笑みがこぼれる。
「不思議な人ね」と雀。
「なぜそう思う?」
 私は訊いた。
「だって、モスバーガーなんか普通なのに、はじめて目にしたように食べてるじゃない」
「はじめてだ」
「嘘でしょ?」
 雀は目を見開いた。
「本当だ。嘘は嫌いだ。嘘は嘘で固められ連鎖する」
「そんな名言いらない」
「すまない」と私。
「でも、普通なことを普通に感動するって素敵ね」
 と雀は首を縦に二度振った。
「人はもっと日常の些細で普通な出来事に感謝すべきだ。いつしかそれが当たり前になり、何かが起こったときに、その有り難みがわかると共に、後悔をする」
 私は数多くの人間の記憶を垣間みて、体感している。不慮の出来事で生き別れた家族たち、恋人、伝えたくても伝えられない気持ち。思い。当たり前というのは、それだけで等価では変えられない価値に値する。が、人は環境に慣れてしまう生き物だ。だから、私のような、〝記憶編み〟がいるのだ。私はこの職業が好きだ。だからこう名付けている。
『メモリ・ウェブスター』、と。
 横文字の方が私にはしっくりと来る。
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