メモリ・ウェブスター
 雀は、現代文明の象徴である携帯端末を慣れた手つきで操作していた。左手で携帯、右手でモスバーガーの包み紙を畳んでいた。そして鶴を完成させた。デジタル進化した世の中で、手先の器用さを誇示する人物を久しぶりに見た。
「わたしも後悔している」
 全ての動作を止め、雀が私を見た。彼女の目の輝きからは私には何も感じられなかった。
「ならさっそく記憶を抽出させてもらおうか」
「ここで?」
「早い方がいい。なにせこの町に来るまで、いささか問題があったから」
 雀は辺りを見回し、他愛もない会話に華を咲かせる人々を眺め、「いいわよ」と力強い言葉を投げ返した。
 私は雀の隣りに座り、訝しげな目を横目に、彼女のこめかみに触れた。
「ちょっ、ちょっ」
 なぜか彼女は顔を赤らめ、拒絶反応を示した。それに反応してか周囲の客たちもざわつく。 
 人は他人の出来事に妙な関心を示す。ババの教え。
「じっとしていれてくれると有り難い。大脳新皮質には二百の細胞が密集している。デリケートで複雑だ。人間の感情のように」
 私は彼女の柔らかな髪に触れた。ほのかに上質な石鹸の香りがした。決して安くはない、記憶に留まる匂い。人差し指と中指でこめかみに触れ、私の脳内に記憶を抽出していく。毛糸を編むように、彼女の記憶の糸を丹念に、正確に、編む。
 見える。
 記憶のフラッシュバックが私の脳内に入り込む。時系列がめちゃくちゃだ。彼女は、やはり寂しい人間なのかもしれない。
 おや?
 私は目を瞑り、首を捻る。これは彼女の視点ではない。何者かが彼女を見ている。かなり凝視している。
「本当に、記憶読み取ってるの?」
 驚いたもの特有のか細い声が私に届く。女性に対する受け答えはしっかりとしないと嫌われる、とはるか昔、ジジが言っていたのを思い出す。
 なので、「読み取っている。時系列はめちゃくちゃだが、君の記憶は、何やら問題を抱えている」
 と私は言った。
「細い糸が頭の中で絡まってるような、ふわふたとした気分になる」
 雀の顔の血行がよくなった。現代人は不健康だ。簡素な食事に、不規則な睡眠時間。それらが体内バランスを崩している、と何かの雑誌で読んだ。それがどうだろう。彼女の血行は蒸れた林檎のように毛細血管を喜ばせている。
「もうすぐ終わる」
「へえ、魔法みたいだね」
「いや、魔法ではない。技術だ」
 そこだけは、はっきりとさせたいと思い私は訂正した。雀の記憶を深密に編む作業に入る。この環境下での最大の難点は、雑音が多い。音、というのはどこにでもはびこっている。
「終わった?」
 ほら、ここにも。雀の質問を私は聞き流した。
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