死使
亜空、異空
 やわらかい風が全身を纏う。それでいて温かい。おそるおそる私は目をゆっくり、着実に開ける。鏡を見ている感覚に襲われる。目の前には二対の目。それでいて銀髪がしなやかに揺れ、辺りからは草木たちの自然の匂いが漂ってくる。それでいて物凄い温かいものが唇に触れようとしている。私は目線を下げる。どうやら息が私の口元にかかっている。それでいて銀髪の唇が私の唇―――に。
「えっ!」
 私の第一声。目を開けたときの衝撃。だって十七歳でファーストキスもすませていない純潔な私の唇に無愛想だけど銀髪イケメンが唇を奪おうとする。それも全く悪びれず、ロマンチックのかけらもない。いや、まてよ。もしかしてロマンチックだったかな。眠っている私をお姫様と仮定して、そこに銀髪の王子が眠りを覚ますためにキスをする。結構、ロマンチックじゃん。自然と私の口角がグイグイ上がる。
「なにを笑ってる」
 鋭いツッコミが飛んで来る。イケメンで頭の回転が速いって最高の組み合わせだけど、最悪の組み合わせでもある。だって無愛想で、自分のこと絶対カッコいいと思ってるから、なんだかんだで扱いづらい。社会に出たら絶対苦労するタイプ。
「ごめんなさい」
 でも私は弱気。めっぽうイケメンに弱い。それにs銀髪が似合う男に出会ったのなんてそれもはじめて。どこの美容院に行ってるんだろう。気になる。男友達にも教えないと。そういえば、私って男友達いたっけ?なんだから記憶が薄れてる気がする。
「別に注意したわけではない。なぜ笑っているのか尋ねただけだ」
 なら話しに抑揚をつけろ、抑揚を。でもその言葉を私は胸にしまう。
「いや、ええと。すごく変な妄想をしてました」と私はバカ正直に言う。そして慌てる。「ここはどこなんですか?」
「死界。死を監視する場所」
 なるほど。で納得できるか。なので、「ということは私って死んだ?」とぼそっと私は言う。
「死んでない。死のうとしてた」
「えっ!私が?」
 そう言われて記憶を辿るが、思い出せない。なんで、なんで私が死のうとしてたの?ここはなんの為の場所なんだろう。疑問が沸々と湧いてくる。
「僕は死の使い。さっきも言ったと思うけど、名前はシシ。名前にそこまで執着はない。人間と接するといつも名を尋ねられる。だからシシだ。シンプルで合理的。たぶん記憶が飛んでるはずだ。まあ、これを見なよ」
 シシはパチンと指を鳴らした。なに変わらない。効果的な演出を目論んでの指パッチンであろうが、周囲は壮大な草原に囲まれ、ポニーが草を食み、羊がじっとしている。空には小鳥が縦横無尽に旋回し、葉陰が風で揺らめいている。
 が、がくん。
 視界が揺らぐ。そして上か下かは判別しないがどちかに浮遊している。エレベーターに乗ったに感じる一瞬だけ感じる浮遊感。私は思わず目を覆う。その数秒後に揺らぎは収まった。目を開ける。光輝く正方形サイズのパネル画面が多数あった。それが三百六十度囲んでいる。そこには日常が映し出されていた。私が通っている高校もある。それに、それにいつも行くファミレス。本屋もある。そして駄菓子屋も。あの駄菓子屋のおばあちゃんは入れ歯なんだけど、入れ歯が緩くなったとか言って出し入れして遊んでいる。それでいて、「今、口の中に入れ歯はあるか、ないか」ゲームを私に出題してくる。答えは明白だ。ある。正解すると、きなこ棒をくれる。ただ単に、きなこ棒の在庫がしこたま余っているからプレゼントしたいだけだろう。それでもただプレゼントする面白くないから、楽しませるクイズめいたものを出題して、人を喜ばせようとする。
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