吸血鬼の箱庭
「なぁ、凛。」
「ん?」
優希に腕を引っ張られる。
振り返ると、優希は顔を顰めて、地面を見つめていた。
「どうした?」
「………」
ミンミンゼミの鳴き声が夕暮れの夏の空に響き渡る。
しばらくして、やっと優希が口を開いた。
「凛さぁ…なんかあった?」
「へっ?」
なんかあった?って、あり過ぎて数えきれない。
「…とくには。」
「あるやろ?ほんまのこと言ってみ。」
腕を掴んでいる力が強くなり、少し痛い。
優希にナイトの事などを話したらまた面倒なことになる。
優希を巻き込みたくないし、そもそも話す気なんてない。
「なんもないって。俺そんな最近おかしい?」
安心させようと思い、優しく笑ってみせる。
優希は腑に落ちない様子だったが、なんとか頷いた。
「……そう…」
「うん。」
なんとなく優希の顔を見ていると、右耳の耳たぶ部分が赤くなっていた。
「優希…これなに?」
そっと、耳たぶに触れると、それは赤い液体だった。
血だ。
「あぁ。これ?春香にな、ピアスの穴開けられかけて必死に逃げた時に傷付いてもうたんよ。血止まったと思ったんやけど……」
もう優希の声は耳に入らない。
動けない。
指に付着した血をただ呆然と見つめる。
____ウマソウ。
心臓が『ドクン。』と、鈍く高鳴る。
そして視線は指から、優希のうなじへ。
きっと中では、美味そうな血が流れているんだろな。
喉がやけに乾く。
「凛?どうしたん?」
喉をグルグル…と鳴らし、優希の両手首を掴む。
口角が上がり、喉を潤す為に優希のうなじに口を近付ける。
「ちょっと!?凛!?」
ハヤクタベタイ。
大きく口を開け、かぶりつこうとしたその時だ。
「凛?」
聞き覚えのある声がした。
優希じゃない。男の声だ。
ハッと我に帰り、声の主を探す為振り返る。
「…花村さん!」
そこには、真っ赤な薔薇の花束を持った、“仲間”の花村夢が立っていた。
半袖のポロシャツに、古いベストを羽織っている。
どこからどう見ても感じのいい好青年だ。
「なにやってるんですか?こんなところで女の子襲っちゃ捕まりますよ?」
少し微笑んでいるその表情には、どこか裏があるような気がした。
「あ…そうっすね…」
「り、凛…どちらさま?」
優希が怯えた表情を浮かべながら俺に聞いてくる。
優希の手は小刻みに震えていた。
「あぁ…えーっと……」
「凛の従兄弟の花村夢と申します。いつも凛がお世話になってます。」
見事なまでのでっち上げと、営業スマイルを優希に披露すると、花村は慌てた様子で俺に、耳打ちをしてきた。
「血なら花園にありますから!
今の貴方が勝手に人の血を飲んだら歯止めが効かなくなります…どうか今日の夜まで我慢して下さい。」
早口で囁かれてなにを言っているか分からない箇所があったが、とにかく俺は____
優希を襲い、血を飲もうとした。
もう一人と“吸血鬼”としての自分に恐怖を覚えた。
自分は半分化け物なのだ。
今までのように、気を緩めて暮らしていては駄目だ。
俺は、初めて“吸血鬼”としての自覚を持った。