吸血鬼の箱庭
企みと諦め
「で、どーすんのよ!」
「春。帰ろう……」
「なんでよ!まだ道も覚えてないじゃない!」
二人がもめている間にも、その場にうずくまり、泣きじゃくる。
「もういいやん!」
修ちゃんは“春”と呼ばれたさきほどの女の子の腕を乱暴に掴むと、グッと歯をむき出しにして叫んだ。
「そんな怒鳴らなくても…
どうすんの?ここが例の“箱庭”だったら。」
「今は勝てへん。」
修ちゃんはそう断言すると、春は渋々頷いた。
すると次の瞬間、二人を煙が囲んだ。
「っ!?」
瞬きをした間に、二人は狼という獣に姿を変えていた。
「ナイト!追わなくていいんですか!?」
花村がナイトに向かって叫ぶ。
それに対してナイトは首を横に振り、目を瞑った。
森から出て行く狼の後ろ姿をボーッと見ていると、修ちゃんが変身した狼が名残惜しそうこちらをちらりと見た。
「修ちゃんっ……」
二匹の獣は森の闇に消えていった。
「凛……」
ナイトがゆっくり俺に歩み寄って来る。
「弟が狼人間と契約していたとはな……」
ナイトがぎこちなく呟く。
ナイトの声で目が覚めた。
なんで気付かなかったのだろう…
おかしいと思う箇所は沢山あった。
まず俺を契約させようとした時に話した修ちゃんの話だ。
わずか1週間のうちに狼人間に捕まって、契約をして、ローブを纏って、仲間と名前を呼び合うことなど出来るのだろうか?
さっきの修ちゃんの様子だと、獣としての自分の扱い方も慣れているようだったし…
きっと俺が吸血鬼と契約するずっと前に修ちゃんは狼人間と契約していたんだろう。
さらに、穴の様子を見に行く前に、ナイトが俺に修ちゃんと会ったか?と聞いてきた。
おそらく家に帰ってきた修ちゃんが箱庭に向かう俺を尾けてたんじゃないか?と思ったんだろう。
全ては狼人間の野郎に勝つためだ。
勝つために俺を騙した。
ずば抜けた運動神経に、臨機応変に物事を考えられる頭脳。
狼人間の一族にとっては強力な助っ人になった修ちゃんの存在を知って、ナイト達は元兄の俺を狙ったのだ。
なんとかして仲間に取り入れ、修ちゃんが戦えないようにしようと。
兄が敵にいたら、戦うことを辞めるだろうと。
醜い。
醜い。
醜い。
「知ってたやろ……?」
泣いているから声が震えているのか、怒りで震えているのか分からない。