吸血鬼の箱庭
透き通るような真っ青な瞳に、整った艶やかな毛並み。



その小柄な狼はとても美しく、神秘的なものだった。




サンが俺の背中を強く押し、よろめきながら前に出る。




「こいつは春だ。」




大人しく、ただこちらを見つめる狼は、無論のこと、春の面影など一つも無かった。



「そんなん…信じられるかっ…」



あまりの衝撃で声が震える。




この狼がさっきの女装男だなんて考えられない。



非現実にも程がある。



「じゃあ春はどこに行ったんだよ?」


サンがニヤリと笑う。



「そんなん知るわけないやろっ…」



狼は俺に近づき、包まっていた毛布の端を噛み始めた。





今ふと思ったのだが、






なんで俺は逃げようとしないんだろう?




出口が無いから?



服を着ていないから?





そんな事実があっても、普通この非現実で謎に包まれた組織を目の当たりにしたら、逃げようと足掻くだろう。




なのになぜか脳が“逃げろ”と指令しない。



だからと言ってここが安全だと断言できるわけでもない。



なぜが体が動かないのだ。





呆然と立ち尽くしていると、狼が頬を舐めてきた。


「うわっ…」




思わず上半身を仰け反らせ、逃れようとする。



「あんまり拒絶するなよ。春に噛み殺されるぞ。」



クスッとサンは笑うが、俺の顔は青ざめた。



ゆっくりと体勢を元に戻し、狼と向き合う。




「分かると思うが、俺たちは“人間じゃない”。」





サンが俺と狼の周りをゆっくり徘徊しながら話す。



「狼人間。誇り高き一族だ。」




「……は?」




狼人間?




名前も知っているし、大体の生態も理解している。



だが、その“狼人間”という存在は人が作りだした架空の存在であり、現実の世界には存在しないはずた。



このいい年した大人は俺を騙してどうしたいのだろう?



ギロリとサンを睨みつけ、“信じていない”と、目で伝える。





「信じてないと……」



コクリと頷く。




「信じてもらうためにわざわざ春に姿を変えてもらったんだが…」




サンがチラリと俺の目の前の狼に視線を移す。




「そんなん…信じらへん…」




「もう、いい。春。戻っていいぞ。」



サンのその一言で、目の前の狼がまたあの黒い煙に包まれた。
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