花言葉を君に。
1章 黄色のゼラニウム

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「紫苑。」


誰かがあたしを呼んでいる。まだ幼い声で、強く優しくあたしの名前を口にする。


その姿は霧に包まれていて、見えない。


手を伸ばしてみても、遠く遠く。どれだけ近づいてみても、離れていく。


「紫苑。」


もう一度。その声が妙に切なくて・・・



ジリリと鳴る目覚まし時計。時計の針が指す時刻は午前6時。


ブラインドのウッドカーテンから漏れる朝の光。


どうしてかな?


この夢から覚めると、あたしは必ず泣いている。


たまにみる、あたしが誰かに呼ばれている夢。


どこになく理由があるのか、自分でもわからない。


それでも毎回泣いているのは、どうしてだろう?


あたしは涙を拭きながら、ベッドから起きた。


そしてそのまま、机の上に置いてある写真立てに手をかけた。


色褪せた一枚の写真。


そこに写るのは、とある家族。


「ママ。楓にぃに。おはよう。」


あたしの日課。古びた家族写真に挨拶すること。


写真に写るのは、今は亡き母親と離れて暮らしている兄と幼いあたし。


この写真は昔、楓にぃにがくれたあたしのお守り。


写真に写る3人の笑顔を見ると、頑張らなくちゃって思わせてくれる。


泣いてなんかいられない。


あたしは、“黒澤 紫苑”でいなくちゃいけないから。
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