最後の恋―番外編―
志保さんに紹介された覚さんが小さく頭を下げたので、慌ててぺこりと頭を下げる。
慌てながらも受付で身に付いた理想の角度でお辞儀が出来た自分を、少し褒めてあげたくなる。
「初めまして。 三浦美月と申します。 学さんとお付き合いさせていただいてます」
覚さんへの自己紹介は、満点をつけてもいいくらいにしっかりと言うことが出来た。
「はじめまして、学の父の坂口覚(さとる)です。 どうぞ座って」
ソファに座りながらゆったりとした笑みを浮かべる覚さんの、向かいのソファに座りながらもほわんと見惚れてしまう。
学もかっこいいけれど、歳を重ねた貫録というか、男の色気が学の比じゃない。
きっと会社でも女の子たちに人気なんだろうな。こんな上司がいたら仕事頑張ろうって思えちゃうもん。あ、でも逆に見惚れちゃって仕事にならないかも。
そんな妄想から現実に戻してくれたのは、志保さんがキッチンへ向かうパタパタとなるスリッパの音だった。
妄想してる場合じゃない、飲み物の準備手伝わないと。そう気づいて腰を上げる前にお母さんの声が聞こえてきた。
「美月ちゃんはコーヒーと紅茶、どっちがいい?」
その問いには答えずに、手伝います、と言おうとしたのに。隣に座る学が、私の腰に腕を回して立てないようにした上に、親切にも代わりに答えてくれた。
「美月はコーヒーは砂糖とミルクたっぷりじゃないと飲めないし、紅茶もストレートじゃ飲めないお子様だからよろしく」
今なら自分で穴を掘ってでもそこに埋まりたい。
なにもこんな場面で、しかも会って数分しか経ってないのに、そんなことを暴露してくれなくてもいいじゃないか。
ブラックコーヒーもストレートティーも、頑張って飲む気でいた私の気合を返してほしい。
恨みがましく学をこっそり睨みあげるのに、そんな私の視線もなんのその。
学はにっこり微笑んで何気ない次の言葉で、あっさりと私の心臓を打ち抜いた。
「だってこれから長い付き合いになるんだから、最初から気を使っちゃダメだろう?」