教師Aの授業記録
整理の時間
――そして、また明くる日のこと。
一日最後のホームルームが終わり、教室内は俄かに騒がしくなっていた。
そんないつもと変わらぬ光景の中に彼は居た。
田中はよれた鞄を肩に担いで席を立ち、いつもと同じく当たり前のように掃除をサボって騒がしい教室を出た。
踏みつぶした上靴をスリッパのように擦りながら気だるげな歩調で廊下を歩く。
「…まじだりぃ…」
虚ろな目つきで廊下の窓の外へ視線を彷徨わせる。
外は晴れているというのにまったくもって気分は晴れなかった。
「…今日はどうすっかなぁ」
いつも教師Aが現れる教室は向かいの校舎にある。
何とはなしにそちらを見ていて、ふとその姿に気付いた。
歩く足は自然と止まっていた。
田中は廊下の窓から、斜め下に見える渡り廊下を眺め下ろしていた。
そこには山下絵里の姿があった。
彼女は窓のない渡り廊下の手すりに腕を乗せ、外を眺めている。
その先には中庭があるのだが、決してそちらを見ているふうには見えなかった。
ぼんやりと一人で何か考え事をしているように視線は遠い。
田中は彼女の姿を目にして「ああ、いるな」と思った程度だった。
まぁ昨日はあんな様子だったし、あいつなりに色々と思うところもあるのだろう。
…事情の程はさっぱり分からないが。
そんなことを思いつつ、田中はその場を立ち去ろうとしていた。
勘だが今日は教師Aも山下もあの教室には来ない気がする。
だからもうこのまま真っすぐに帰ってしまうのがおそらくは一番賢明な選択。
しかし、どういうわけか、田中は昇降口の方へとは向かわなかった。
自分でも分からないうちに、むしろ反対側の階段を下りて、山下の居る渡り廊下へと足を向けていた。