教師Aの授業記録
その場所へ来ると、当然のごとく山下絵里の背中があった。
見た感じ少しさびしげだ。
田中はその後方で頭を掻いた。
こういう時どう言って声をかけるべきなのか、友達の少ない…いやほとんど居ないという田中には難しかった。
たっぷりと数秒を要した挙句、
「…よ、よぉ」
結局はそんな言葉しか出てこなかった。
しかし山下は田中の声に反応して振り返った。
「…あ、田中君」
いつものように表情に乏しい顔があった。
「……どうしたんです?」
そう訊かれて、田中は戸惑った。
落ち着かない様子で首筋や耳の裏を掻き、しばらくしてやっと「そうだ」と自然に話を切り出せるものの存在に思い至った。
鞄の中からそれを取り出し、素っ気なく突き出すように山下へ向ける。
「…忘れものだ」
それは黒い表紙の分厚いノートと一冊の文庫本。
昨日、彼女が机の上に置き忘れていったものだ。
山下はきょとんとそれを見た後、それからフと口元を緩めた。
「ありがとう」
珍しくちょっとだけ微笑んでいた。
田中は少し目を見張り、それから何となく気恥かしい気分になって目をそらす。
しかし、そこで…
「――見た目によらず親切なんですね」
付け加えられた言葉に、田中の頬がピクリと動いた。
「…お前、いつも一言余計だな…」
「…いつもって言うほど喋ったことないじゃないですか」
「そりゃ、お前がほとんど喋らねーからだろ」
そう言って長く息を吐き、手すりに背中を凭せ掛けた。