教師Aの授業記録
二人は手すりを背に横に並ぶ形で、廊下の方を向いていた。
しばらく二人はぼーっと佇んでいたが、山下絵里の方から口火を切った。
「…昨日の私のこと、そんなに気にしなくていいですよ」
その言葉に、田中は怪訝そうに相手の方を見た。
「まだ何も言ってねーだろ」
「…誤魔化さなくていいですよ。
ただ忘れ物を届けに来てくれただけじゃないですよね」
そう言う彼女の目は田中の心を見透かすような瞳をしていた。
事実、田中は届けたいものはもう手渡したというのに、まだこの場を離れていない。
すっかり心を見透かされたらしい彼の顔は渋いものとなった。
しかし、対する山下はほとんど表情を変えないまま続ける。
「…本当はあなただって私のことを気に掛けている場合じゃないでしょうに。
…本当に外見によらず優しすぎますね…」
その意味深げな言葉に対し、
「……どういうことだよ」
ますます彼の眉間にしわが寄る。
すると山下絵里は相手に気付かれないほど微かに口元を緩めた。
「あなただってあなたなりにずっと抱えている事情があるでしょう。
――この学園の理事長の一人息子さんの、田中健君」