教師Aの授業記録
「……は?……チェンバル?!」
田中は驚きから抜けきれないまま訊き返していた。
やはりこの謎の多い少女の行動を読むことは三次方程式を解くより難しい。
だが、「いや。今はそんなことより」と、田中は頭を軽く振った。
「…何もかも知ってる、だって…?」
「はい、その通りです」
山下は眼鏡のつるを摘まみながら平静に答える。
「あなたが出席日数ギリという不良で不真面目な生徒であるにもかかわらず、毎日教師Aの放課後の授業に付き合っている理由を正しく理解しているつもりです」
まるで原稿を読み上げるような淀みのなさですらすらと言う。
「……なっ…」
田中は明らかにうろたえていた。
「…い、いい加減なこと言うなよ」
「ふふ。困った顔は意外に可愛いですね」
茶化すように言った山下は、その実、ほぼ無表情のまま笑った声を出していた。
客観的に見てもちょっと怖い。
田中の青くなっていた顔が今度はちょっと赤くなる。
「……何言ってんだ、てめぇ」
「冗談ですよ。
その前に言ったことは本気ですけれど」
一貫して変わらない調子で言う。
そして「こほん」と一つわざとらしい咳払いをして改まったように田中の方を見た。
今から本題に入るという空気を十分に作り上げてから、彼女はやっと告げた。
「――全ては私達が初めて出逢った時に既に始まっていたんです」
そう言って、何もかも知っているというその全容について語り始めたのだった。