教師Aの授業記録


「”どこに居た”って訊かれても、どこにも行っておらんぞ。私は」

息子の質問に父親はしれっと答えた。

「ただ家には帰らなかっただけだ。心配しなくとも仕事もちゃんとやっていた。その旨をちゃんと母さんにも伝えてある」

「じゃあ、なんで息子には一言も無いんだ!」

「まぁ、私にも色んな事情があって、色んな思いを抱えていて、だな…」

「……詳しくは私がお話しましょう」

学園の理事長たる田中の父親の言葉の続きを山下絵里が引き継いだ。

「実を言うと、今回の事の発端は私の兄にあるのです」

「……なん…」

田中は振り回されるように父親から山下絵里に視線を移した。

目まぐるしく打ち明けられる事実に、田中は完全に翻弄されていた。

「まぁ見て分かる通り、今の兄は色々とおかしくなってまして、『地球征服だ』と叫ぶ以前に『一度学園を占拠してみたい』と口走っていた時期があったんです。

――で、実際にそれをやらかそうと致しまして、あなたのお父様…つまり学園の理事長を本当に拉致監禁しようとしたんです」

そう打ち明ける山下絵里の目は真剣そのものだった。

内容はあまりに馬鹿馬鹿しいが、彼女が冗談を言っているようには見えない。


「…おいおい。変人どころか、完全に犯罪者じゃねーか!!」

田中は教師Aのとんでもなさに呆れるどころか恐怖した。

「無論、それを知った私は学園占拠をやらかす寸前に兄を止めました。監禁されようとしていた理事長を助け出し、何もなかったことにして欲しいと頼みこみました」

「…何もなかったって…」

「そうです。犯罪未遂なことをしておいて許されることではありませんが、私はどうしても兄を許して頂きたかった。

…大切な一人きりの家族ですから」

「……えっ」

声のトーンの落ちた山下の言葉を聞きとめ、田中は声を漏らした。


しかしふと芽生えたその疑問を遮る形で、

「だが私はそれを断ったのだよ。
むしろ拉致監禁されたことにし、お前だけを大がかりなドッキリに嵌めることにした」

学園理事長は嬉々とした様子でそんなことをおっしゃった。

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