教師Aの授業記録
「こんな時間か、って登場してからまだ10分ほどしか経ってねーじゃねぇか」
呆れたような目で田中は言う。
すると田中父は「やれやれ」というふうに両手を振った。
「何を言う。10分もあればカップラーメンが3個も作れるぞ。
私はこう見えて忙しんだ。そろそろ行かなければいけない」
「だったら最初から出てくんな。クソ親父」
「不出来な息子を持つと苦労するんだ」
「俺もこんなのが親かと思うとゾッとするよ」
「私もよく言われるんだ。『理事長の息子さんて理事長に全然似てませんねー』って。
まったくその通りだよ。マルターゼ」
「忙しいんならさっさと行きやがれ。バカ親父」
「ああ行くさ。行くとも。
だがどこまで行くかは分からんぞ。
このまま私が行方不明になったり宇宙人に誘拐されちゃったりするかもしれないぞ!」
「どうぞ誘拐されろ!そのまま一生家に帰ってくんな!」
激しく息の合った親子の罵り合いはそこまで続いて、ようやく途切れた。
最後に田中父が去り際にこう言った。
「私が居なくなったからって寂しくて山下さんに泣きつくんじゃないぞ。ちゃんと彼女の悩みとか相談に乗ってやれるような心の広い男になれ!私のようにな!」
やたらと声を張りあげ、「わははは」と豪快に笑い、そして小走りに廊下を去って行った。
大柄な体のわりに、その動きは驚くほどに素早かった。
息子はその父の広い背を見送り、後ろ姿が完全に見えなくなったところで、「だはーっ」と息を吐いて、疲れたようにがっくり肩を落とした。