教師Aの授業記録
取り戻したいもの
「はぁー。何なんだよ、もー。マジ意味分かんねーし」
田中は苛々とした様子で髪をぐしゃぐしゃと手で掻き混ぜた。
そんな隣で山下絵里がヌッと影から抜け出すように気配を現し、口を開いた。
「…素直じゃありませんね。そんなこと言って、実はほっとしてるんでしょう」
顔を覗きこまれた田中は顔を思いっきり顰めた。
「んなわけねーだろ。
長い間連絡もしてこず、久々に顔を合わせたと思えばあの調子だぞ。
第一、実の息子にドッキリを仕掛ける親がどの世界に居るよ?」
「…今まさにここに居ましたね…。
……お父様は普段からあのような感じで?」
訊かれて、田中は僅かに首を傾けた。
「いや。今日はやけに楽しげによく喋っていたな」
その応えに山下絵里は「ふふ」と口元を緩めた。
「きっと嬉しかったんですよ。やっとあなたとまともに言葉を交わせて」
田中はまた口をへの字に曲げた。
「んなわけないだろーが」
「そんなわけあります」
きっぱりと山下絵里は告げた。
「だって、すごく楽しそうでしたよ」
「どこが」
「正直、ちょっと羨ましかったかな…」
彼女の目はふと遠くなった。
その瞳は、手に入らないものを見つめているみたいに、少し寂しかった。
「だって、あなたはちゃんと取り戻せたじゃありませんか。
私と違って…」