教師Aの授業記録
最後にぽつりと呟かれた一言が田中の胸の中で引っ掛かった。
「……え?」
目を丸くする彼の前で、山下絵里は元の表情を取り戻した。
「いえ」
何でも無いふうに淡々と続ける。
「家族は大事なんです。心が離れ離れになってはいけないんです。
個人的にそう思ったから、私は私の意思であなたのお父様と結託したんです。
ですが、そのことによってあなたに深く心配させてしまったことは謝ります。
本当にごめんなさい」
眼鏡のフレームを摘まみながら、表情を隠すように顔を伏せる。
「それでも…やっぱり、これで良かったと思ってしまうんです。
変ですよね。
私には関係の無い他人事なのに。
いつもなら誰が何を失敗しようが悩もうが不幸の手紙を受け取ろうが、無関心でいれるのに。
どうしてだか、あなたのことは…すべて上手く円満に解決して、すごく嬉しかった…」
しだいに小さくなっていく声は、しかし本音が濃くなっていた。
吹く風に攫われそうになりながら、はっきりと田中の耳に届いた。
山下絵里は沈みそうになる感情を振り払うように首を振り、顔を上げた。
「うん。
これでこそ、まさしくグッドエンディングにふさわしい『めでたしめでたし』なのです」
いつもの表情、いつもの声音で。
その場の田中を置き去りにして、完全にこの話を一人で終わらせようとしていた。
「――ちょっと待てよ」
腑に落ちない顔の田中が、勝手に自己完結させようとしていた彼女を止めた。
「俺のことはさておき、お前のことはまだ何一つとして解決してないだろうが」