教師Aの授業記録


「……山下…」

いつもと違う優しい表情に、自然と田中は見惚れていた。


「だからそんなに兄さんに少しは恩返ししたかった。

そう思って先月の兄さんの誕生日に、普段はしない料理を頑張ってして、食べて貰おうと…」

そこで口をつぐんだ。

何か酷く悪いことを思い出したように、彼女は悲しげな顔をした。


「……それで、どうしたんだよ…」

戸惑いながらも田中は先を促した。


「兄さん、その時はそんなことは一言も言わなかったけれど、その日はかなり調子が悪かったみたいなんです。

…でも……、無理して笑って、『美味しい、美味しい』って全部食べてくれて…」


それから、彼女は、堪えきれなくなったようにばっと顔を覆った。


「……そのあと、急にバタッと倒れてしまったんです…」


「……えぇっ」

思わぬ話の方向性に、田中はとりあえず驚くしかなかった。


山下絵里は両手で顔を覆ったまま続ける。


「次に目覚めた時には今まで記憶を全部なくしてて…。
私のことも忘れてて。

しかもそのうえ、自分は金星人だの、実は教師だっただの、訳の分からないことを口走り始めて…」


「ちょっと待て!」

田中は慌ててストップを入れた。


「……何か急に話がとてつもなくとんでもない方へぶっ飛んだけど。
少し整理させてくれ」


ここでいったん修正を掛けておかないと、到底、彼女の話を掌握できそうにない。


「まずは、お前…、誕生日にそいつに何を食わしたんだ?」

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