教師Aの授業記録
「やっぱり…やっぱり、私のせいなんです…」
子供のようにわなわなと震えながら自分を責めるように言った。
「私達のせいで兄さんに無理を強いて、そのうえ私のせいであんなことに…」
「…お、おい。そ、そんなつもりで言ったんじゃ…」
田中はおろおろと弁明するが、山下絵里は聞く耳を持たない。
「…お医者さんに診て貰っても、記憶を戻す方法は分からないって言われるし…。
経過を見守るしかないって…。
だから無理をさせずに兄さんの好きなようにさせて…何か記憶を戻すきっかけが見つからないかと、ずっと毎日記録を取って…」
脇に抱えていた分厚いノートを手に取る。
「でも戻る兆しは全然ないし…こんなの取り続けたところで無駄ですよね…」
そう言って、ギュッと目を瞑り、それを破りさろうと手を動かし…、
「……こんなのッ」
「――待て。落ち着け」
田中は彼女の手を取って止めさせた。
山下絵里はハッと我に返ったように彼の方を見た。
「…やけになったって仕方ないだろ」
宥めるように優しい口調で言う。
「そんなことより、今、やるべきことがあんじゃねーのか?」
「……やるべきこと?」
彼女は茫然と呟く。
田中は「そうだ」と頷いた。
その時の彼は今までで最も真面目な顔をしていた。
「――お前は元の兄貴を取り戻したいんだろ?」
真っすぐに山下絵里を見つめて問う。
彼女も真っすぐに田中の目を見つめ返した。
やがて、その瞳の色に吸い込まれるように首肯する。
「――はい」
元の冷静さを取り戻し、目尻に溜まっていた涙を手で拭った。