教師Aの授業記録


「そ、そーなのか」

田中は彼女の機嫌が悪くなるより先に視線を前へ向けた。


しかしそこで、いつもと同じく、金星人と名乗る教師の珍妙な行動を目にすることとなった。

そしていつもと同じように彼の額がヒクッと動いた。

「……ていうか、そこで何やってんだてめー」


彼が目にしたのは、赤ワインの入ったワイングラスを片手に優雅に佇む教師Aの姿。

教壇には白いテーブルクロスが敷かれ、黒板には一言、白いチョークで「シャレオツ」と書かれている。


「なに。業界人のすなる業界用語というものを、金星人の私もしてみたかっただけさ」

甘い笑みで微笑みながら、田中達に向けて優雅に「チアーズ」と言ってグラスを掲げてみせる。

「…ふふ。どうだ。シャレオツだろ」

自慢げに言う教師Aに、田中の眼は半眼になった。

「…あほか。ここは高級レストランでも何でもねーんだよ。学校の教室で何やってんだ」

「心配無い。これはノンアルコールだ」

ズレた返事を返す教師A。

「どうやらこの言葉は洒落ててオツなことを指し示すそうだ」

自慢げに言う教師に田中は蔑むような視線を投げかける。

「……違ぇよ馬鹿。
オシャレを逆さにして読んだだけだ。業界用語とは大抵言葉を逆さにして読むんだよ」

「……ふむ。なるほど。勉強になった」

教師Aは納得した様子で頷いた。

そしていったんグラスを教壇に置き、そして田中達の方を見据えた。


「では、皆も揃ったことだし授業の方を始めよう。
今日のテーマはずばり『俗語』についてだ!」


「――いいや」

田中はすかさず否定した。


つかつかと教壇の方へ歩み寄り、テーブルクロスの裾を掴むと、それを素早く一気に下へと引き抜いた。


唐突な田中の行動に珍しく驚く教師Aの前で、グラスは倒れることなく教壇の上に残った。

田中は引き抜いたテーブルクロスを乱暴に床に放る。


「――今日の授業のテーマは、てめぇの記憶喪失についてだ」


教師Aを睨むように見据え、はっきりとそう宣言した。

< 61 / 94 >

この作品をシェア

pagetop