教師Aの授業記録
しかし教師Aはといえば、「はて」と本気で田中の言った言葉の意味が分からない様子で不思議そうにしている。
「……記憶喪失?」
しかし田中の険しい表情は変わらなかった。
「…そうだ。
てめぇはめちゃくちゃ大事なことを忘れちまってんだよ」
いつになく刺々しい口調の田中。
山下絵里は不安そうに彼の方を見ていた。
「…なぁ。本当に思い出せないのか?
お前がずっと大切に思ってきた家族のことを」
教師Aは「ふむ」と顎に手を当てる。
「そう言われても、家族は故郷の星に置いて来てだいぶ経つからな。
正直、上手く思い出せないんだ」
田中はさらに険しく顔を顰めた。
「…おい。本気で言ってんのか。
そんな遠くに居る家族じゃねーんだよ。
ずっと近くに居る家族だ」
「……近く?
近くに居る家族など知らないが…」
真顔で答える教師に、田中の額の血管が膨らんだ。
「てめぇ…」
すでに、短気な彼の堪忍袋が持ちそうにない。
しかし怒り寸前の田中を、押し留めるように後ろから掴む手があった。
ハタと気付いて振り返ると、悲しげな山下絵里の顔があった。
「いいんです。田中君。
兄さんは決して嘘はついてないです。本当に何も思い出せないだけなんです」