教師Aの授業記録
「……兄さん」
山下絵里は既にぼろぼろと涙をこぼしていた。
「……ごめん、なさい…」
ぐっしょりと濡れた目で教師Aの方を見る。
「…無理に、思い出させようとして…ごめんねぇ…」
彼女は泣きながら何度も謝った。
田中は何も言えなかった。
苦い気持ちでいっぱいだった。
家族だったら何だって取り戻せると思っていた。
けれど違ってた。
なんで取り戻せないのだろう。
たった一人の妹で、たった一人の兄で。
たった一つの大事なものほど、大切に思いすぎて、脆く儚くなってしまって。
それが酷くやるせない気持ちにさせる。
「………違う」
声がした。
山下絵里と田中は沈んでいた気持ちから浮上した。
見ると、教師Aが頭を押さえながら首を振っていた。
流出する幼い自分を抑え込み、それを超える強い意志が教師A自身を支配しようとしていた。
「……寂しい…より、大事…」
苦しげに彷徨っていた瞳が山下絵里を頼りなげに捉えた。
山下絵里は涙を止め、兄の方を見た。
「大事だから……、まだどこにも行って欲しくない…」
彼の焦点がやっと定まり始める。
「……兄さん」
濡れて霞む視界をぬぐい、山下絵里ははっきりと兄の顔を見た。
目に映った兄の顔は、少し微笑んでいるように見えた。
「――大切な、大切な家族だから」