教師Aの授業記録
「……良かったよぅ…寂しかったよぅ…」
大きな兄の身体にしがみつきながら、彼女はめいいっぱい甘える子供のようだった。
田中はその姿を見ながら、彼にとっては珍しく微笑ましげに笑っていた。
普段はあんなに感情を表さずにいながら、本当はずっと寂しかったんだろう。
ずっと独りで寂しかっただんだろう。
今やっとそれらから解き放たれて、感情のタガが飛んでしまったのかもしれない。
そんなふうに山下絵里のことを想いながら。
山下兄は妹の背をさすりながら、穏やかな表情でいた。
泣き続ける妹を宥めながら、ふと思ったように呟いた。
「……なんだか長いこと変な夢を見てた気がするなぁ…」
やっと、その夢から目が覚めたみたいだ、と――。
田中はもう何も二人の間に口を挟むことは無かった。
「良かったな」と口には出さず、笑みの孕んだ一瞥を送る。
ただそっと、二人の邪魔をしないよう、一人静かに教室を後にしたのだった。