教師Aの授業記録
これからのこと
誰も居ない教室には、オレンジ色の西日が差し掛かっていた。
窓枠の影が長く机の上に伸びている。
窓のそばに立つ二人の横顔も、陽の光に明るく火照らされていた。
「――ねぇ。兄さん」
ようやく少しは落ち着きを取り戻したらしい山下絵里は、抱きついていた兄の身体から離れ、声を掛けた。
「ずっと言いたくて、言えなかったことがあるの…」
「……ん?何だ?」
柔らかく訊き返す兄。
おかげで絵里が言い出すことに戸惑うことはなかった。
「…私達、このままでいいのかな」
僅かに俯けた顔に影が落ちる。
それから自分の言った言葉に首を振った。
「……ううん。違う。
…私じゃなくて、兄さんはこのままでいいと思っているのかなって」
「………俺が?」
一瞬きょとんとし、しばらくしてから意味を察して笑って答えた。
「…俺はこのままでいいよ」
そのいつもと同じ見慣れた笑顔に、しかし絵里は疑うようにしげしげと眺めた。
優しい笑顔に流されまいと、自分の心を押しとどめていた。
兄の、本当の思っている言葉が聞きたかった。
「ねぇ。私のことは抜きにして兄さんの本音で言って。
兄さんが本当は何をしたいか教えて」