教師Aの授業記録
絵里は眩しいものを見るみたいに目を細めて、この世界にたった一人の大切な兄を見上げた。
兄が言うと、どんなことだって可能に思えてくる。
どんな困難だってきっと大丈夫だと思えてくる。
不思議な魔法。
心強い存在。
広い広い心。
名前の通り、全てを包み込む大地みたいに。
兄はいつだってそうだった。
決して人前で疲れた顔や悲しい顔や辛い顔を見せたことは無かった。
どんなときだって。
そう。
つい最近だって。
絵里が作った、得体のしれないバースデーケーキを食べてくれたときも――。
いつものように笑い、体調の悪いことをおくびにも出さなかった。
…そんなことを思い出すと、
じん、と心に痺れが走るように切なくなって。
「……兄さんは、本当にそれでいいの?」
絵里はそう問いかけることしかできなかった。
大地はいつもと変わらずに笑う。
「いいさ。
俺は俺のやりたいことをやってるだけだって言っただろ?
絵里も絵里のやりたいことをやればいいんだよ」
「……私の…やりたいこと」
反芻する絵里に、大地は「そうさ」と頷いた。
「遺伝子工学の勉強をやりたいんだろ?
知ってるよ。
いつも熱心に本を読んでるじゃないか」