教師Aの授業記録
兄の言葉に、絵里は恥ずかしげに俯いた。
「……別にやりたいってほどのものでも…。
ちょっと興味があるってだけで…」
「……ははっ。
絵里は照れ屋さんだね」
そう言って、妹の頭をぽんぽんと優しく手で叩いた。
絵里はますます恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「…わ、私の将来なんかより、兄さんの将来でしょ」
少しムキになって言う。
「私のせいで兄さんが色々諦めてるの知ってるんだから…。
それに兄さんだってもういい歳なんだし、先のことをもっと焦って真剣に考え…」
「ちゃんと考えてるよ」
大地はきっぱりと答えた。
「俺はまだ何も諦めてない」
「………兄さん…」
一瞬、よぎった真剣な声に、絵里はドキリと驚いた。
だけどそれは瞬きも無い一瞬だけで、気付けば大地はいつもと変わらない笑顔でいた。
「…だけど焦る必要なんてないよ。
だって人生なんてまだまだ先は長いんだからさ」
オレンジ色に染め上げられた窓を背に、大地は一枚絵のように佇み微笑んでいた。
絵里は「かなわないな」と思った。
自分には到底言えそうにない言葉。
そんな広い心で先が見えるのは、きっと兄さんだけだ。
時間に追い立てられて、ほんのすぐ先しか見えない私はやっぱりまだ子供ってことなのかな。
分からないけど。
いつかちゃんと大人になったら、今度は自分が兄さんの力になってあげたいな。
一日の最後の光を浴びながら、絵里は穏やかな気持ちでそう思えた。