教師Aの授業記録
「――と、それはさておき」
「……それはさておく前に俺のストーカー被害について深く掘り下げたいところだが」
「本当はドラマとかで定番の、朝に道の出会いがしらにトーストを咥えてガッチンコぶつかる感じのをやってみたかったんですが、痛そうなんでやめました」
山下絵里は田中を当然のようにスルーして言った。
田中はもう、怒りも呆れもしなかった。
「……やっぱりお前、兄貴に似てるよな。
……ちょっとまだ現実的なところが救いだが…」
ついでに言うところ、自分勝手に話を進めるところまで似ている、と田中は思っていた。
しかし山下絵里は田中の隣でちょっぴり満足げに弾んだ足取りで歩いていた。
「狙い通りに一人で歩いててくれてたから、少しぶつかってみたかったんですよ。
それにしても田中君っていつも一人寂しく登下校してるんですね。
学校内でもいつも一人ですが」
わざとなのか、「一人」という単語をやたらと強調して連発した。
「………お前は俺を傷めつけたいのか」
「いいえ。逢いたかったのは本当です」
山下絵里は嬉しそうに微笑みかけた。
「この前のお礼が言いたかったんです。
私のことであれほどまで真剣になってくれて本当に嬉しかったから」
田中は肩からずり落ちかけの鞄を担ぎ直しつつ、顔を隠すようにそっぽを向いた。
「……そうかよ」
「そうです」
山下絵里はどこまでも嬉しそうだった。