教師Aの授業記録


「――だって、いずれ呼び捨てであなたの名前も呼びたいと思ってるんですから」

「…………」

田中はもはや唖然とするしかない。

彼女の言動に頭がついていけない。

「あと手も繋いでみたいです」

そう言うと、自分の腕を田中の腕に絡めた。

「……お、おいっ」

慌てる田中に構わず、絵里は絡めた腕を引く。

「早く走らないと。遅刻しちゃうぞ。健」

「………お、お、おいっ」

田中はつんのめりながらも、引っ張られて走るしかない。

「……ていうかもうすでに呼び捨てにしてんじゃねーかっ」

「私のことも絵里って呼んでいいですから」

「……呼ぶかっ」

「……あ、あと。1分しか時間ないですね」

「わー!無理だ!もー遅刻だ!」

「まだまだ諦めてはいけません!」

「どう走っても無理だって。どーせならもう歩いて行こう。俺の長年の勘がそう告げてる。こういう時は諦めも肝心だって」

「駄目ですよ。たとえ残り玉わずかでも諦めてはいけません」

「何の話をしている?!」

ほとんど噛み合ってないやり取りを交わしながら、田中は山下絵里に学校まで引きずられていった。







そして二人は田中の予測通り、完全に遅刻した。

門は完全に閉まっており、その隣の小さな扉の前に仁王立つ生活指導の教師に遅刻の理由を聞かれ、そしてねちねち叱られ、二人揃って重い足取りで昇降口へと入って行った。

「あーあ。だから走る必要なんてないっつったのに」

額に汗をふき出してる田中がどっと疲れた顔で言う。

「大丈夫です。明日はちゃんとトーストを咥えてぶつかって見せますから!」

ぐっと拳を握って張り切って言う山下絵里。

「……もうどこをどう突っ込んでいいか分かんないボケをかまさないでくれ」

田中はますます疲れきった顔をして返した。


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