教師Aの授業記録
そしてげた箱で靴を上靴に履き替え、並んで廊下を歩く。
二人はクラスは違えど学年は同じなので、教室は同じ3階にあった。
しかし階段を上がって行くうちに、二人の間に差が開いた。
先に昇り切った山下絵里が後ろを振り返り、ぜぇぜぇ言いながら昇ってくる田中を見て言う。
「先ほど走ってくる時も思ってたんですが、田中君って肺が悪いんですか?息遣いがヤバいですよ」
田中は涼しげな顔の山下絵里を恨めしげに見上げて答える。
「…別に。…煙草なら中学でやめた筈なんだけどな」
「……今のはちょっと衝撃発言ですね。田中君の将来が心配です」
「勝手に余計な心配すんな」
「このまま発育が止まっちゃうなんて」
「そこか!……ていうかこれでもそこそこ成長してんだろ。平均並みに身長はあるぞ」
「私としてはもう少し見上げたいです」
「……お前の匙加減なんぞ知るか」
やっと階段を昇り切った田中は「ぜぇぜぇ」と息を整える。
そこで山下絵里は「そうそう」とふと思い出したように言った。
「そういえば将来といえば、兄さんの将来の夢はやっぱり”教師”になることだそうです」
それを聞いた田中はあからさまに「げっ」という顔をした。
「それはやめといた方がいいよーな」
「……なんでですか」
「だって以前のあれがお前の言うように兄貴の望んだ姿なら、あんな変人教師になっちまう可能性が無きにしもあらずだろ」
「…そんなバナナ~」
「……くだらんギャグを無理やり差し込むな」
そうこう言っているうちに山下絵里の教室の前に着いていた。
「じゃあ、また帰る時に逢いましょう」
「やっぱり一緒に帰るつもりなのか…」
「もちろんだよ。健」
その声に、田中はワケも無くドキリとした。
呼び捨てで呼ばれることは、彼の心臓にとって良くないことらしい。
「――先に帰ったら承知しないからね」
ニコッと極上の笑みを田中の方に向けて、山下絵里は手を振り教室の中へと入って行った。