教師Aの授業記録
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それは、とある高校の、とある時刻の、とある教室にて。
一人の女子高生が机の上に黒い表紙のノートを広げていた。
タイトルは『教師Aの授業記録』
自分の兄についての記録だが、兄の名前は書かないでおいた方がいいだろう。
だってあの時の兄は兄じゃなかった。
やっぱり教師Aと呼ぶ方がしっくりくる。
そしてこのノートはもう必要ない。
兄は元に戻ってくれた。
ここに書いてある記録を参考にしなくても…。
だからもうこのノートは捨てよう。
そう山下絵里は思った。
破り捨てて、教室の窓からパァーっと捨てれば実に絵になる。
風に舞ってグラウンドに降る紙片。
うん、実に良いエンディングだ。
しかし現実的な彼女の思考が、その実行を妨げた。
もしも破り去った紙片を拾われて繋ぎ合わされたらどうなる?
兄と自分と田中君との三人だけが共有していたものが他人に知られるなんて…。
山下絵里はノートを捨てるのを諦め、再び机の上に広げた。
最後のページをめくる。
椅子に座り、ペンを持つ。
そして彼女は鼻歌交じりにペンを走らせた。
「田中君と毎日一緒に登下校して、手をつないだりして、それから一週間後にはキスぐらいしてみたいね。うん」
思い描く理想の未来を、記録に付け足す。
頬を薄ほんのり赤く染め、少し照れながら…。