散華の麗人
一正は沢川を見た。
「それで、沢川。辺りを少し見てくれ。」
「は。」
短い返事をして、沢川は外へ出た。
「沢川……といいますと、傭兵にもそのような名前を聞いたことがあります。昔の人ですが。」
風麗は懐かしがるように沢川が去った方を見た。
「“沢川橘高幸信”という傭兵で……」
「それなら、某も知っておる。あの者の祖父で、陸羽殿に仕えておった。」
松内も懐かしそうに言う。
「沢川家は元は代々、傭兵をしている一族や。……だが、幸信の代からは細川国に仕えている。上尾の戦でわしが戦った時も……幸信の息子がわしを守った。」
「幸信様も陸羽殿に仕え、討ち死にした。誇り高いお人だ。」
一正に続けて松内が誇らしげに言う。

しばらくすると、沢川が帰ってきた。
「辺りに異常はありませぬ。」
「そか!ならええ。」
跪く沢川に一正が頷いた。
「恐れながら、陛下。一言宜しいですか?」
「あぁ。」
一正が頷くと、沢川は立ち上がった。
「成田への進撃を控えた今、何故このようなことを?」
「なんや。あんたは祭りが嫌いか?」
「好き嫌いではありません。油断は時として陛下自身の命取りになり得るのです。陛下にはその自覚が」
「あー!!わかったわかった。」
一正は鬱陶しそうに口喧しい沢川の言葉を遮った。
「あんたは相変わらず、お堅い奴やな。祭りに命取りなんてあるか。」
そう言いながら溜め息をつく。
「あんたの父もほんまに頭が固い奴やった。あんたは父親そっくりや。」
一正は上尾の戦を思い出した。.
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