恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
少し歩いて着いた先は、いつものカフェだったりする。


平日ということもあり、お客もまばらだ。
けれど、居酒屋のように賑わっているよりは、これくらいの方が店の雰囲気に合っている


案内されたテーブルは少し奥の、テーブルごとに木製のパーティションで区切られているスペースだった。


メニューを真ん中で開いていると、いつもはカウンター席の内側にいるマスターがこちらへ向かってくるのが見えた。


マスターは30代くらいの落ち着いた雰囲気の男性で、癒し系の笑顔に惹かれてやってくる女性も多いと聞く。
藤井さんに軽く会釈すると、私に声をかけてくれた。



「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」



綺麗な姿勢を少し腰から屈めて、目線を合わせる話し方。



「覚えてくださってるんですか?」



殆ど会話したことがなかったので、驚いた。
客にとって、店員に覚えてもらえるのは嬉しいことだけど。



「以前から、ランチでお友達と来てくださってたでしょ」



一際笑みが深くなると、少し目尻の皺が見えた。
若く見えるけど、もしかしたら40前後なのかもしれない。



「その、大事なお得意様を藤井さんが泣かせて帰ったものだから。気になってたんですよ」



説教しときましたからね、と藤井さんを横目で睨んでもう一度私へ微笑んでくれたけど。



「……お騒がせしてすみませんでした」



あの日の泣きっぷりを思い出して、私は恥ずかしさから俯くしか出来ない。



「俺が泣かしたわけじゃないですよ……いや、俺か?」



ぶつくさ呟く藤井さんの脛を、テーブルの下で蹴ってやりたくなった。

半分くらいは彼の所為だ。




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