恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
「ほんとに痛くない?」

「平気だって」



事実、強引だったのは最初くらいで、彼がぎりぎりで加減してたのはわかってる。
私が抵抗しなかっただけのことだ。


脛は少し痛いけど。



「は。タフで頑丈」

「うるさいな」



目線を逃がして笑う彼の横顔を、私は下から睨みあげる。


彼は、もう一度、ごめんと呟いて、私はいいよ、と笑った。


そこから続く沈黙の中で、私は目の前のシーツに落ちている彼の指先を見ている。


恋人ではないこの手は、幾度となく私の手を引いた。
それはとても、心地よい場所をくれたけど。



「じゃあ、帰るわ。鍵閉めて、ドアポケットから入れとくから」



同時に、目の前の手が遠ざかる。
彼が立ちあがって、背中越しにお互い



「おやすみ」



と言った。


寝室を出ていく姿と、玄関の閉まる音と、かしゃんとキーが落ちる音。


その音を合図みたいに
今まで誰より近くに居た人だったと気付いた。

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