恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
自惚れだったのかどうか、結局私には測りかねたけど、別れ際の藤井さんの顔を思い出せば、またひょっこりバームクーヘンを買いに来そうな気がした。




「…いたぁ。もういやだ」


意思に関係なくぼろぼろ溢れる涙を、腕で拭った。
がしがしと強く目をこすって、改めて視線を落とす。


まな板の上に、切りかけのタマネギ。


診察の時、元からあった貧血も少し酷くなっていたので、まずは食生活の改善をこころみた。


滅多に自炊などしない女子力皆無の人間が真っ先に思い浮かぶものといえば。
カレーか肉じゃが。


そんなわけで、肉じゃが。


全くできないわけではないのだが…日頃から自炊をしているような馴れは無いので、下拵えから無駄に時間がかかる。


夕方四時から始めて、漸く食べられる形になったのは七時を過ぎた頃だった。
肉じゃがを皿によそっている時に、玄関のインターホンが鳴り一旦おたまを置く。



「はい?」

通話ボタンを押すと、スピーカーの向こうから聞こえたのは。

『俺だけど』

笹倉の声だった。


< 247 / 398 >

この作品をシェア

pagetop