恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
私達は、お互い暫しの間、黙り込む。
衝立の向こうでは、事務所の電話の音や人の行き交う気配でざわついている。


硬直が溶けたように、はぁ、と店長が脱力し言った。


「驚いた…そうなのぉ…誰の子?」

「私の子です」

「ふざけないで。真面目に聞いてるのよ」


ギロ、と効果音がしそうな目つきで下から睨み上げられる。


「結婚は?」

「しません。一人で産むので、私だけの子です」


ふざけた訳じゃない。

誰の子でもない、私が責任をもって産む、私の子。

あの日、母の病院で妊娠がわかった時、決めたのだ。

人を想う怖さも、想われる怖さも、私は何一つ解決できないままだけど。


女でいる自分はいらない。

母親になると決めた。


「お腹が目立つ前に、退職したいんです。だからあと2ヶ月くらいの間に新しい人が来て引き継げればと思うんですけど…」

「此処にいるわけにいかないって…それは、相手がこの百貨店内にいるから?」


店長の質問に、私はきゅっと真一文字に口を結んだ。


「黙って一人で産むってこと?それがどれだけ大変か、わかってるの?」

「わかってます」

「わかってたら、退職なんていわないわ。馬鹿」


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