恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
一人で育てるなら尚更。仕事が大事なのはわかってるが。
徐々に目立ってくるお腹を、見られるわけにはいかないのだ。


店長は暫くの間考え込んでから、こんこんと音をさせる指先を見つめたまま言った。


「この間、体調不良で倒れたのは、そのせい?」

「妊娠のせいとも言えないんですけど、ストレスとか元々あった貧血も酷くなってて。」

「ふぅん…。じゃあ、こうしましょう。

 体調不良も十分理由になるし、少し早めに産休とっちゃいなさい。」

「えぇ?」

「で、復帰する時に新店に異動」


ありがたいですけど、と口ごもる。


そんな都合の良いこと、許されるんだろうか?
心許無く見つめていると、それに、と続けて店長が言った。


「売り場は立ち仕事だし、毎日の納品なんかは力仕事でしょう。十分理由になるわよ。復帰先は…一条君に相談してからでないとわからないけど」


げ。

一条さんに知られるのは、まあ仕方ないけれど…面倒をかけるとなるとあの怖い笑顔が思い出されて。

冷や汗が出た。


「それと、休みに入るまでは中番か遅番ね。納品作業や在庫整理は他に任せて。他に知られたくないなら、カナちゃんにだけは事情話すかぎっくり腰とでも言っときなさい。妊婦が重い物持たないのよ」


早番は、朝の納品があるからどうしても力仕事になる。
店長の気遣いがありがたく、私はもう一度深々と礼をした。


いつから産休に入れるかは人員補充の目処が立ってからということで話を終えた。
店に戻ろうと、仕切りの影から事務所の方へと顔を出した時。


「ひぃっ」


喉が締まったようになり、変な声がでた。
そこには、熨斗を事務所のプリンターで作っていたのであろう。


鬼の顔をした、恵美が立っていた。


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