恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~



小さな声で話したつもりだったのに、私の声と『妊娠』という単語に集中して聞き耳をたててしまったのだろう。


「私、何も聞いてない!」


事務所で偶々熨斗の印刷に来て、話を聞いてしまった恵美の怒りの第一声。


その一言で、シフトが合わず了いになっていた食事の約束が本日決行となった。
行き先はあのカフェだ。


何度来ても、店名がイタリア語か何かで読みがわからないので仲間内では常に”あのカフェ”で通っている。


『そういえば店名、なんて読むんだろうね』と恵美に話しかけたけれど、ぎろりと睨まれて、知らない、とそっぽを向かれた。


まだ、怒っているのだ。


少々びくつきながら、ドリンクメニューを二人の間で開くけれど私は飲めないし恵美も飲むつもりはないようで、烏龍茶を注文した。


オーダーを済ませて、ドリンクが来るまでの間が持たなくて店内を見渡す。
店長がいれば、久しぶりだし挨拶したいと思ったけれど、テーブルからはわからなかった。


恵美が黙り込んでいるのは、私から話し出すのを待っているのだろうからで。


だから、オーダーの品がある程度揃ったら、私から口にした。


「辞めようと思ったんだけどね。店長の好意で、早めに産休もらえることになった。だから今の百貨店で働くのは、後少しだと思う」

「それは、聞こえてた」


うん、と頷く。
苦手なレバー料理を、敢えて選んで口に運び、味わうことなく飲み込んだ。


「笹倉には、言わないで」


< 253 / 398 >

この作品をシェア

pagetop